アッ=ラシード通り

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座標: 北緯31度31分40.3秒 東経34度26分15.9秒 / 北緯31.527861度 東経34.437750度 / 31.527861; 34.437750

アッ=ラシード通り
アラビア語: شارع الرشيد
闇夜に浮かぶアッ=ラシード通り(左)とアル=ハッサイナ・モスク(右)
闇夜に浮かぶアッ=ラシード通り(左)とアル=ハッサイナ・モスク(右)
所在地パレスチナ国の旗 パレスチナガザ地区
座標北緯31度27分12秒 東経34度21分56秒 / 北緯31.45328度 東経34.36564度 / 31.45328; 34.36564座標: 北緯31度27分12秒 東経34度21分56秒 / 北緯31.45328度 東経34.36564度 / 31.45328; 34.36564
その他
著名な点
現状制限付き通行は可能。検問所があり、人流・物流は制限されている(2024年5月時点)

アッ=ラシード通り(アッ=ラシードとおり、アラビア語: شارع الرشيد‎、ラテン文字転記:Shari' al-Rashīd、英語: Al-Rashid StreetAl-Rasheed street、またはAl Rashid coastal road)は、パレスチナ飛び地ガザ地区の南北を貫く沿岸基幹道路である[1]ガザの「眠らない通り」の異名を持つ[1]。2005年にイスラエルがガザ地区を撤退して以来、多くの砲撃を受けている通りでもある[1]

概要[編集]

アッ=ラシード通りは、同じく南北を貫くが同通りより東の内陸に位置するサラーフアッディーン通り英語版と共にガザ地区の2大基幹道路を成す。大部分が地中海沿いに走る風光明媚な通りで、ホテルレストランカフェ出店などがひしめく大変賑やかな通りであると共に、道路沿いにはビーチも点在し、海水浴、レジャー、憩いの場などを結ぶ役割も果たしている[1]

通商、軍事、交通の要衝地点に立地するガザ港英語版[2]も、ガザ地区北部のアッ=ラシード通り沿いに位置している。

ランドマークや遺跡も道沿いに数多く点在し、北部では2本のミナレットを誇り、優美な建築様式で知られたアル=ハッサイナ・モスク (Al-Hassaina Mosque) もガザ港を望む[3]この通りの海沿いに建てられていた[注釈 1]。同じく北部には、アッ=シャティ難民キャンプ英語版に位置する、やはり2本のミナレットを擁した端麗な現代的建築を誇るアル=ハリーディ・モスク (Al-Khalidi Mosque) が、近年に建てられたにもかかわらず、地元ムスリムの間で信仰的重要さが増していた[5]。中部では、世界遺産暫定リストに記載されている聖ヒラリオン修道院英語版遺跡テル・ウム・アメール英語版[6]が道路の近くで発掘されている。

眠らない通り[編集]

2005年からイスラエルに包囲されているガザ地区では、電力の供給が安定せず、1日最高20時間に及ぶ停電により、真っ暗になった自宅で過ごしたくない人々は、夜にアッ=ラシード通りに集まってくることで知られていた。通り沿いの出店は発電機を駆使し、集まる人々に灯りを提供していた。夜に灯りがない環境の精神的影響を考慮して、親が子供を連れてアッ=ラシード通りを訪れるなどもされていた[1]

また、長年のイスラエルによる空爆で自宅を失った人々は、無事な家族や親戚の家に身を寄せていることから、住宅内には多くの人数が生活をしており、「満員の」建物から逃れるためにアッ=ラシード通りに集まり、そのまま通り沿いの浜辺で就寝する人たちもいた。若者たちが友達同士で集まるのもこの通りであった[1]

ガザ市の広報によれば、1日に約1万人の人々がアッ=ラシード通りに集まるという[1]

復興事業[編集]

2014年にイスラエルがガザに侵攻すると、アッ=ラシード通りも攻撃の被害を受けた。が、翌年の2015年に元カタール首相であったハマド・ビン・ハリーファ・アール=サーニーによる資金援助により[7]、アッ=ラシード通りの復興事業が進められ[8]、通り沿いにソーラーパネルが設置され、停電に関係なく一定の電力が供給されるようになった。復興事業は、道路沿いの水道工事、下水道工事、道路工事、電気工事、通信工事、交通工事、道路塗装、安全工事、農業工事など多岐に渡ってインフラ整備が行われた[8]

2023年パレスチナ・イスラエル戦争[編集]

2023年にパレスチナ・イスラエル戦争が始まると、ガザ地区北部の住民はイスラエル国防軍からガザ地区の南方に避難するよう退避命令がだされ、当初多くの場合はサラーフアッディーン通りが退避路に指定されたが、戦争が進むにつれ、アッ=ラシード通りが退避路に指定されるようになった。

アッ=ラシード通りは、空爆や地上侵攻によって、ガザ港、アル=ハッサイナ・モスク、アル=ハリーディ・モスクなど道路沿いのランドマークが次々に破壊され、集合住宅や商業施設、そして道路自体も大きな損害を負った。道路はアスファルトが剥がされ、土がむき出しの状態となり、アル=ハッサイナ・モスクは瓦礫と化しそのドームは地面に転がった。アル=ハッサイナ・モスクは、ラマダン中、タラーウィーフ[注釈 2]の為に多くのガザ地区住民が普段のモスクから足を延ばして礼拝に訪れる場で、メッカアル=アクサ・モスクなどムスリムの聖所を巡礼することがイスラエルの封鎖によってままならないガザの住民にとって、旧市街のグレート・オマリー・モスクと同様、宗教的そして精神的に非常に重要な場所で、また、アッ=ラシード通りが多くの人々が集まる憩いの場であったため、破壊のニュースはガザの住民に衝撃を与えた[5][9][4][10][11]

ガザ地区北部が「制圧」されると、北部の住民に対する人道救援物資は主にアッ=ラシード通り経由で行われるようになった。

また、イスラエル軍は、アッ=ラシード通りからイスラエルの境界までガザ地区を東西を横断する749号線軍事道路を整備し、ガザ地区を北部と中部・南部と分断した際、アッ=ラシード通りと749号線が交わる地点に前哨基地英語版と検問所が設けられ[注釈 3]人流と物流を制限した[12][13]

「小麦粉虐殺」[編集]

ガザ地区での飢餓と飢饉が報じられ[14][15]、特に物資の搬入量が少ない北部では、多くの住民が救援物資を積んだトラックが検問所を通って北部に入域するのを待ち構えて、アッ=ラシード通りに多くの人が昼夜関係なく集まってくるようになった[16]

2024年2月29日には、小麦粉を積んだ搬入トラックが検問所を出た時点で[17]、物資を求めて人々がトラックに群がったが、多くの人が銃撃と砲撃を受け、少なくとも112人死亡し、760人以上が負傷した[18][19][20]。これに対してイスラエル軍は、「押し寄せた人々が混乱を引き起こしたと」とし、部隊を脅かす「数人」に発砲したと述べたが、病院に運ばれた死傷者のほとんどに銃創が認められ[19][20][21]サンプルとして調査された200人の死傷者のほぼ全員から発見されたのは5.56x45mm NATO弾で、特に英国からイスラエル軍にライセンスが与えられ、同軍へ輸出された2020年から2022年に製造のFMJ(Full Metal Jacket、フルメタルジャケット) 弾だった[20]。またCNNの分析では1分間に600発が連射されているとした[22]

同年2月29日以降にも搬入トラックを目当てにアッ=ラシード通りに集まる人の数は後を絶たず、更なる銃撃で死傷者がでた[23]

ワールド・セントラル・キッチン職員殺害[編集]

2024年4月1日には、人道支援NGOワールド・セントラル・キッチン (WCK) の3台の車両がデイル・アル・バラフの倉庫に支援物資を届けた後、イスラエル軍との事前調整にも拘わらず、アッ=ラシード通りの「非戦闘地域」を走行中に同軍のドローン攻撃を受け、7人の職員が殺害された[24][25][26]。死者には、オーストラリア人、ポーランド人、英国人、米国とカナダの二重国籍者、パレスチナ人が含まれており、国際社会から大きな批判を受け、WCKや連携する非営利団体の支援活動が一時停止した[24][25]。イスラエル軍は「重大なミスと手続き違反」を認め2人の将校を解任したと発表したが、WCKのエリン・ゴア最高経営責任者は、同軍は「自らおかした失敗について、納得のいく調査を行うことはできない」と指摘し、第三者機関による独立委員会による調査を要求した[26][27][28]国連アントニオ・グテーレス事務総長も同様に独立調査が必要だとの認識を示した[28]

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 2023年パレスチナ・イスラエル戦争の際に、イスラエル空爆によって全壊した[4]
  2. ^ ラマダン中だけに行われる特別な礼拝。
  3. ^ 検問所はそれ以前に設けられ、人流と物流を制限していた。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g Ayman, Amjad (2017年12月3日). “The Gaza street that never sleeps” (英語). Middle East Eye. 2024年5月6日閲覧。
  2. ^ Badawi, Samer (2014年8月9日). “Why the Gaza port matters” (英語). +972 Magazine. 2024年5月6日閲覧。
  3. ^ The Mosque by the Sea - Why Did Israel Bomb Al-Hassaina Islamic Landmark” (英語). Palestine Chronicle (2024年4月4日). 2024年5月6日閲覧。
  4. ^ a b “Destruction of the Palestinian cultural heritage of Gaza – in pictures” (英語). ガーディアン紙. (2024年1月11日). ISSN 0261-3077. https://www.theguardian.com/world/gallery/2024/jan/11/palestinian-cultural-heritage-gaza-destruction-in-pictures 2024年5月6日閲覧。 
  5. ^ a b Alhaddad, Faten (2024年2月8日). “مسجد الخالدي... القذائف تحطم قلب غزة النابض بالروحانيات” (アラビア語). www.alaraby.co.uk. Al-Araby Al-Jadeed. 2024年5月7日閲覧。
  6. ^ Centre, UNESCO World Heritage. “Tell Umm Amer” (英語). UNESCO World Heritage Centre. 2024年5月7日閲覧。
  7. ^ Tribune, Qatar (2017年7月20日). “QFFD implements Gaza projects” (英語). Qatar Tribune. 2024年5月6日閲覧。
  8. ^ a b Reconstruction Of Al- Rasheed Road In Gaza Strip ( Package 1)” (英語). A Pioneering consulting center in Palestine. 2017年11月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月6日閲覧。
  9. ^ Footage shows massive destruction of Al-Rashid Street in the Gaza Strip, アナドル通信社, (2024-1-29), https://www.youtube.com/watch?v=BL1SCMSMM_E 2024年5月7日閲覧。 
  10. ^ Alhaddad, Faten (2024年2月22日). “شارع الرشيد في غزة.. هكذا حولته الحرب من منطقة تنبض بالحياة إلى خراب” (アラビア語). www.alaraby.co.uk. Al-Araby Al-Jadeed. 2024年5月7日閲覧。
  11. ^ ガザの歴史的建造物、イスラエル軍の爆撃前後の画像”. www.afpbb.com (2024年1月14日). 2024年5月7日閲覧。
  12. ^ Mazuz, Elhanan (2024年2月17日). “כאן כדי להישאר: המבצע ההנדסי הגדול של צה"ל לביתור רצועת עזה(邦訳:『 ここに留まる: ガザ地区を解体するイスラエル国防軍の大規模エンジニアリング作戦』)” (ヘブライ語). チャンネル14. 2024-04-16:閲覧。
  13. ^ Greene, Richard Allen (2024年3月8日). “Israeli road splitting Gaza in two has reached the Mediterranean coast, satellite imagery shows” (英語). CNN. 2024年4月16日閲覧。
  14. ^ 雑草食べて生き延びようとする住民「間もなく餓死する」…ガザ北部で飢餓が危機的状況、支援届かず”. 読売新聞オンライン (2024年3月1日). 2024年5月7日閲覧。
  15. ^ ガザを襲う飢饉、国連事務次長が警告”. CNN.co.jp. CNN (2024年1月16日). 2024年5月7日閲覧。
  16. ^ “What video and eyewitness accounts tell us about Gazans killed around aid convoy” (英語). BBC. (2024年3月1日). https://www.bbc.com/news/world-middle-east-68445973 2024年5月6日閲覧。 
  17. ^ Hendrix, Steve; Miriam Berger, Hajar Harb, Imogen Piper and Jonathan Baran (2024年3月1日). “Desperation and death surround an aid delivery in northern Gaza” (英語). ワシントン・ポスト. 2024年5月7日閲覧。
  18. ^ Abraham, Leanne; Gamio, Lazaro; Shao, Elena; Toler, Aric; Willis, Haley (2024年3月1日). “What We Know About the Deaths Near the Gaza Aid Convoy” (英語). ニューヨーク・タイムズ. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/interactive/2024/02/29/world/middleeast/gaza-aid-trucks-map.html 2024年5月6日閲覧。 
  19. ^ a b 小麦粉を求め……ガザの援助トラックの周りでなぜ110人以上死亡”. BBCニュース. BBC (2024年3月2日). 2024年5月6日閲覧。
  20. ^ a b c Monitor, Euro-Med Human Rights. “New evidence confirms Israel’s full involvement in ‘Flour Massacre’ of starving Palestinian civilians” (英語). Euro-Med Human Rights Monitor. 2024年5月6日閲覧。
  21. ^ Mezzofiore, Katie Polglase, Zahid Mahmood, Gianluca (2024年4月9日). “Dying for a bag of flour: Videos and eyewitness accounts cast doubt on Israel’s timeline of deadly Gaza aid delivery” (英語). CNN. 2024年5月6日閲覧。
  22. ^ ガザ支援物資待ちの群衆に攻撃、「小麦粉虐殺」の実態をCNNが検証”. CNN.co.jp. CNN (2024年4月13日). 2024年5月7日閲覧。
  23. ^ Siddiqui, Federica Marsi,Usaid (2024年3月6日). “South Africa asks ICJ for action to prevent ‘full-scale famine’ in Gaza” (英語). アルジャジーラ. 2024年5月7日閲覧。
  24. ^ a b ガザのNPOスタッフ死者7人に 米英、ポーランド人も”. CNN.co.jp (2024年4月2日). 2024年4月9日閲覧。
  25. ^ a b ガザ支援職員7人殺害、イスラエルに圧力高まる 米大統領は「憤慨」”. BBCニュース (2024年4月3日). 2024年4月9日閲覧。
  26. ^ a b ガザ支援職員死亡で将校2人解任、イスラエル軍 「重大なミス」”. ロイター通信 (2024年4月5日). 2024年4月9日閲覧。
  27. ^ ガザ支援職員殺害、イスラエルが調査報告の要旨発表 西側は全容公開求める”. BBCニュース (2024年4月6日). 2024年4月9日閲覧。
  28. ^ a b イスラエル軍、ガザ誤爆で高官2人解任…国連事務総長「ミスが何度も繰り返されている」”. 読売新聞オンライン (2024年4月6日). 2024年4月9日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]