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ノート:コィンスコヴォラ

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都市権について[編集]

記事の原文は英語で、city rights という言葉と、city charter、そして、表現として、town was incorporated. という文章が出てきます。この三つは同じ内容の事態を指しています。Google で検索すると、city rights はかなりたくさん出てきます。これはでは、何という日本語が対応するのか、「都市特権」という暫定的な訳語を与えましたが、英和辞書で調べても、こういう言葉がないからです。この記事のフランス語版とドイツ語版を調べると、city rights に当たる言葉として、ドイツ語では、das Stadtrecht が出てきます。これを英語に直訳すると、city right になります。ドイツ語の辞書で調べると、これは「中世の都市権・都市法」という訳語が出てきます。

「 "都市権" 」を Google で検索すると、ウィキペディアのページがたくさんヒットします。従って、これは「都市権、de:Stadtrecht」と訳すのが妥当です(英語では、en:Town privileges がこれの訳語のようです。この英語の解説で見ると、確かに中世の都市で、charter を持った都市のことです)。town was incorporated という文章は、フランス語版はこれをそのまま直訳したようになっているのですが、ドイツ語版では、これに当たるのは、/ Vom 8. Juni 1532 bis 1870 hatte es den Status einer Stadt. / という文章です。「都市の地位を持っていた」とは何のことか分からなかったのですが、これは、「都市権」を持つ都市となり、「自治都市」となっていたという意味です。市民の自治が大幅に承認された都市のことで、貴族や領主から一定の独立した地位を持っていたということです。city charter を訳そうとして、この「チャーター」は「都市の憲章」の意味と、「都市の特権勅許」の二つの意味が可能で、これは同じことを意味していると考えたのですが、この場合、charter は、誰か(王か皇帝か、最高の権力者)が都市に授けるものです。誰が、都市特権を授けたのか、よく分からなかったのです。ドイツの都市なら、神聖ローマ皇帝ですが、ポーランドの都市の場合は誰なのかです。

誰が授けた(あるいは承認した)のか不明ですが、中世ヨーロッパの都市が持っていた特権であることは事実です。(このあたり、誰が授けたのか記事に記述があると、もっと分かりやすかったと言えます)。なお、このあたりは、他の部分も含めて、残りを翻訳するときに、まとめて訂正します。--Maris stella 2007年6月25日 (月) 16:43 (UTC)[返信]