ノート:五畿内志

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出典[編集]

利用者:ikedat76氏による[1]この編集についてですが、「研究史」に言及あります。またpublisehrをpublisherに修正したのに差し戻しされていますが、無意味な差し戻しです。--さんぽーる会話2015年3月12日 (木) 13:11 (UTC)[返信]

1点目。スペルミスの修正を差し戻す必要がない、というのは仰るとおりです。スペルミスの修正であることに気付いておりませんでした。この点については失礼をお詫びするとともに、御礼を申し上げます。

2点目。室賀論文を「参考文献」に記載することについて。

前提としてウィキペディア日本語版で「参考文献」という語が何を意味するのかについて確認します。

記事を書く際に引用・参照した文献を、この節に箇条書き形式で記します。もし可能ならISBNを記述してください。(中略)なお、出典として利用していないが、その記事に関連している文献・資料などは、記述の出典と混同しないよう、別の節を作るなど、分離して記載するようにしてください。 — Wikipedia:スタイルマニュアル (レイアウト)#参考文献
参考文献の節には、記事の内容を裏付ける実際に参考にした文献を挙げてください。項目に関連する読者の参考になりうる書物については、「関連書籍」などとセクション名を分けて区別してくださると、記事の内容を検証するうえで助かります。 — Wikipedia:出典を明記する(冒頭

本記事の履歴を見ていただければ分かりますが、記事として有意な記述のほとんどは私の記述したものですが、私自身は室賀論文を読んでもいないし手にとってすらいません。したがって、室賀論文は「実際に参考にした文献」でも「記事を書く際に引用・参照した文献」でもありません。あくまでウィキペディア日本語版での「参考文献」という語の定義からすれば、記載してはならないということをご理解ください。

なお、ついでのおまけで要出典テンプレートが貼付されましたが、貼った箇所の中には前後の文脈をきちんと読み取れば出典無しではない箇所が含まれています。該当する部分については除去しますのでご承知おきください。--ikedat76会話2015年3月12日 (木) 13:51 (UTC)[返信]

  • 引用先には「別の節を作るなど、分離して記載するようにしてください。」とあり、「記載してはならない」とはありません。よって削除には反対します。分離記載なら賛同します。出典がない文章については、文脈にたよらず出典を明記してください。良記事であるため完璧を期すべきでしょう。--さんぽーる会話2015年3月12日 (木) 13:56 (UTC)[返信]

よく読んでいただきたいのですが参考文献としては記載してはならない、の趣旨で申し上げました。さんぽーるさんがなさったのは参考文献として記載することであったことを思い出していただきたいと思います。こちらの申し上げていることをよくお読み下さいますよう、お願い申し上げます。

なお、前後の文脈を読み通す常識的な能力のない読者のことに配慮する必要は全くありません。段落単位で脚注が欠けている部分もありますし、追記はおこないますが、全ての要出典範囲タグが妥当だとは考えません。ある程度の読者の能力を前提として、書くことは全く問題ないと考えます。幼稚園児でも分かるように書く、などというのは全くナンセンスです。--ikedat76会話2015年3月12日 (木) 14:31 (UTC)[返信]