ノート:国鉄スハ32系客車

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改名の提案[編集]

この項目の名称を国鉄スハ32系客車に変更することを提案します。あわせて、国鉄43系客車国鉄スハ43系客車に、項目未作成のオハ35系、オハ31系についても国鉄オハ35系客車国鉄オハ31系客車を項目名とすることを提案します。

これらは、系列の概念が導入された20系以降の新系列客車や、形式番号が10番台、60番台、70番台であることに特別の意味がある軽量客車、鋼体化客車、戦災復旧客車と異なり、制式の系列呼称がなく、便宜的・趣味的なグループ分けをしなければならないこと、またこれらの客車の形式は1941年の称号規程改正時から一貫して記号も含めた「スハ32形」であって、「32形」ではないことなどから、これらを32系と呼称することに不自然さを感じます。旧形気動車と同様に「スハ32形を代表とする同系客車群」の意味で「国鉄スハ32系客車」を使用すべきと考えますがいかがでしょうか。スハ43系や、オハ35系、オハ31系についても同様の事情にありますので、同様の記事名としたいと考えますがいかがでしょうか。皆様のご意見をお聞かせください。--Kone 2006年10月3日 (火) 03:50 (UTC)[返信]

同意いたします。現状で考え得る区分名としては、これが一番妥当であると思います。--HATARA KEI 2006年10月3日 (火) 04:35 (UTC)[返信]

賛成です。「国鉄32系客車」なのはスハ43系とのバランスを取るため以外に理由はありませんから。ただやはり、70系、60系、スハ43系、というのは客車に詳しくない人からしたら分かりにくいでしょうから、何らかの手当てが必要かもしれません。--12425183 2006年10月3日 (火) 11:12 (UTC)[返信]

自分も賛成します。単なる数字による分け方が出来ない客車群でもあり、気動車でも同様のグループ分けなので問題ないと思われます。--ちゃたま会話|投稿記録2006年10月3日 (火) 11:59 (UTC)[返信]

4ヶ月以上議論が止まったままですが、24時間経過までに反対の意思表示が誰からもない場合は、国鉄43系客車とともに、記事名を提案のとおり変更するよう手続きを開始しますので、よろしくお願いいたします。--Kone 2007年2月24日 (土) 08:49 (UTC)[返信]

それで宜しいかと。--12425183 2007年2月24日 (土) 09:14 (UTC)[返信]
異存ございません。--HATARA KEI 2007年2月24日 (土) 09:57 (UTC)[返信]
それで宜しいです。出来ることがあれば手伝いたいと思います。--ちゃたま会話|投稿記録2007年2月24日 (土) 10:28 (UTC)[返信]

節の名について[編集]

この項目で「節の名が冗長だ」と思って、節の名を元に戻した人がいました。この場合、同じ節の名があると、他の項目で「[[国鉄スハ32系客車#○○]]」と書き込んだ時に、直接リンクできなくなります。なので、僕はあえて一部の節の名の最後に「(二重屋根車)」、「(丸屋根車)」、「(改造車)」と書き込みました。問題があるのなら1度議論してみてください。--218.230.5.129218.230.33.253 2007年4月28日 (土) 03:40~03:51 ~ 2007年5月17日 (木) 03:58 (UTC)[返信]

理解しました。要約欄にもコメントにも何にも無しでIPユーザーに加筆されてもそこまで読み取るのは不可能です。--12425183 2007年4月28日 (土) 12:06 (UTC)[返信]
書き込んだ内容が曖昧だと思ったので詳しく説明します。「直接リンクできなくなります」と書き込んだのは、例えば、他の項目で「[[国鉄スハ32系客車#三等車]]」と書き込んだ時、丸屋根の三等車のつもりでリンクさせようとしたとき、二重屋根の三等車に必ずリンクしてしまいます。なので、一部の節の名の最後に「(二重屋根車)」、「(丸屋根車)」、「(改造車)」と書き込まなかった場合、「[[国鉄スハ32系客車#二重屋根車]]」、「[[国鉄スハ32系客車#丸屋根車]]」、「[[国鉄スハ32系客車#その後の改造]]」というリンクになります。しかしこの場合、リンク先の車両がどこにあるのか分からなかったり、スクロールする必要があるため(例:「[[国鉄スハ32系客車#二重屋根車|マイネ38形]]」というリンクよりも「[[国鉄スハ32系客車#寝台車(二重屋根車)|マイネ38形]]」というリンクの方が分かりやすいということ)、僕はあえて一部の節の名の最後に「(二重屋根車)」、「(丸屋根車)」、「(改造車)」と書き込んだということです。--218.230.4.215(元218.230.33.253) 2007年5月19日 (土) 03:00~05:30 (UTC)
あなたがここに書き込んだ内容が曖昧だと言っているのではありません。ただ加筆するときにそういった説明が一切されていなかったから分からないという話です。それにアカウントを取得していない以上あなたが218.230.33.253氏や218.230.5.129氏や218.230.32.116氏と同一人物であるという保障はなにもないのですから、議論以前の話ではないですか。--12425183 2007年5月19日 (土) 03:32 (UTC)[返信]
「曖昧だと思ったので」と書き込みましたが、誰も「完全に曖昧だ」とは書き込んではいません。あと、申し訳ありませんがこの項目のノートでの「218.230.32.116」というIPアドレスは僕のものではありませんよ。--218.230.4.215 2007年5月19日 (土) 05:30 (UTC)[返信]
失礼しました。利用者:218.230.32.116と書き込もうとしたのですが。ところで、
>僕はあえて一部の節の名の最後に「(二重屋根車)」、「(丸屋根車)」、「(改造車)」と書き込んだということです
という書き込みをされていますが、[1]これはあなたの書き込みではないということでよろしいでしょうか?私は218.230.32.116氏がこの加筆をされるときにコメント欄やノートに外部参照のために節名を書き換えた、と一言記していればよかったのではないでしょうか。いずれにせよ、議論をする気がないのでしたら、このような場所に書き込みをしないでいただきたいのですが。--12425183 2007年5月19日 (土) 05:52 (UTC)[返信]
大変申し訳ありません。一部の節の名の最後に「(二重屋根車)」、「(丸屋根車)」、「(改造車)」と書き込んだのは僕です。ただ、2007年5月19日の文で「この項目のノートで」と書き込んだように、この項目のノートではそのようなIPアドレスは使っていないということです。編集当時は確かに「218.230.32.116」というIPアドレスでした。本当にごめんなさい。--218.230.4.109218.230.33.116(元218.230.4.215) 2007年5月22日 (火) 11:46 ~ 2007年5月23日 (水) 12:46 (UTC)[返信]

「番車」という言葉について[編集]

この項目では国鉄オハ31系客車の項目とともに「番車」という言葉を使用しています。以前は「号機」という言葉を使用していましたが、無動力車であるため国鉄スハ43系客車の項目に倣って「番車」に変更しました。「番車」という言葉は知名度が低いですが、数字だけでは分からないので、無動力車をはじめとする車両の車番を示すときに使用しています。なので、除去した部分を戻しておきました。これも問題があるのなら1度議論してみてください。--218.230.33.253 2007年5月17日 (木) 03:58~04:04~04:43 (UTC)

(とりあえず反対)そもそもこのような表記方法は雑誌にせよ、公的な資料にせよこれまで一度も見たことがないのですが、出典は何になりますでしょうか?「数字だけでわからない」とのことですが、それは記述方法の工夫で何とでもできるレベルの話であり、ここで独自の方言めいた表記法を勝手に作ってばら撒くような状態になるのは好ましくないと小生は判断いたします。-HATARA KEI 2007年5月17日 (木) 09:46 (UTC)[返信]
HATARA KEIさんに言いたいことがあります。言われてみると確かに僕も今まで見たことはありませんが、無動力車であるため「番車」の方が「号機」よりも適切である、と僕は思います。もともと「番車」いう言葉を初めて使ったのは僕ではありませんし、2007年5月17日の文で「問題があるのなら1度議論してみてください。」と書き込みました。とりあえずでも反対するのなら、もう1度書き込みますが1度議論してみてください。あと、僕がこの項目のノートに「除去していい」と書き込むまで除去しないでください。それから、「番車」という言葉以外も除去していた部分がありましたが、除去するのは「番車」という言葉の部分だけにしてしてください。お願いします。--218.230.4.215(元218.230.33.2532007年5月19日 (土) 03:00 (UTC)[返信]
上にも書きましたがアカウントがないうえにIPアドレスがコロコロ変わる方に議論してみてくださいなどと言われましてもナンセンスだと思います。--12425183 2007年5月19日 (土) 03:36 (UTC)[返信]
(反対)まず、「番車」という言葉自体、ポピュラーでなく、耳慣れないことが最大の理由です。それに代替しうる言葉としては、「号車」もしくは「号」が広く使用されており、より適当と考えますが、いかがでしょうか。また、議論を求めるのであれば、アカウントを取得されることを望みます。--Kone 2007年5月19日 (土) 03:47 (UTC)[返信]
「号車」という言葉は前にこの項目で使用されていましたが編成の車両の数を示す言葉なので、僕はお勧めしません。ただ、「号」という言葉なら僕はいいと思います。また別の人の意見も聞いてみるといいと思います。あと、僕には議論する力がないので誰かが僕の代わりに議論することを望んでいます(「1度議論してみてください。」とはこういうことです。)。--218.230.4.215 2007年5月19日 (土) 05:30 (UTC)[返信]
(コメント)大変失礼ながら、自己の提起した問題に関して議論するでもなく「誰かが代わりに議論することを望みます」というのはあまりにも無責任が過ぎます。よって、論拠未提示として差し戻させていただきます。なお、218.230.33.253氏には拙速かつ無責任な編集を繰り返される前にまずWikipedia:編集の仕方以下の関係各項目を精読し理解されることを強く希望いたします。-HATARA KEI 2007年5月19日 (土) 22:12 (UTC)[返信]
「>あまりにも無責任が過ぎます。」と「>拙速かつ無責任な編集」ですか。大変申し訳ありません。分かりました。Wikipedia:編集の仕方の項目をしっかり読んでおきます。とりあえずまた戻しておいてこれから自分で「番車」の部分を「号」に変えようと思います。とにかくごめんなさい。これからは気を付けます。--218.230.4.109218.230.33.116(元218.230.4.215) 2007年5月22日 (火) 11:46 ~ 2007年5月23日 (水) 12:46 (UTC)[返信]
Wikipediaは一人で作成編集するサイトではなく多くのひとの協力作業で作っていくサイトです。時間がないということでしたら他の方に作業をお任せすればいいとおもいます。そういうわけであなたがやろうとした作業は代行させていただきました。あしからず。--12425183 2007年5月22日 (火) 13:02 (UTC)[返信]
自己中心的で申し訳ありませんが、12425183さんは僕の望まない編集をしていました。なので、僕は時間があったので自分で編集し直しました。僕は「番車」という言葉を「号」という言葉に変更すればいいと書き込みました。あと、一部の「x番台」という言葉まで除去していました。とにかく、誰かに代わって編集してもその人の通りにやらないと意味がない、と僕は思います。--218.230.33.116218.230.32.140(元218.230.4.109) 2007年5月23日 (水) 12:46~12:50 ~ 2007年5月25日 (金) 09:33 (UTC)[返信]
「自己中心的」と自認しておられるのならば、最早小生から貴方に助言することは何もありません。Wikipediaのルールを正しく理解せず「工事中」など自分の都合の良い部分だけ曲解して利用するその悪質さや、これまでの無責任極まる言行を鑑みるに、利用者:218.230.33.116氏には正しく議論を行う意思はなく、Wikipediaにおける編集作業に参加する資格もないものと小生は判断いたします。-HATARA KEI 2007年5月23日 (水) 14:00 (UTC)[返信]
確かに僕がノートに無責任な書き込みをしたり、分かっていてやったわけではありませんが悪質に等しい行為(Template:工事中の期間が長すぎたことは本当に申し訳ありませんでした。)をしたのは事実です。
でも「>Wikipediaにおける編集作業に参加する資格もない」は言い過ぎだ、と僕は思います。なぜなら、本文に不適切な内容や嘘の情報を書き込んでいないからです。それをしたら、編集する資格はない、と僕は思います。
僕はKoneさんの書き込んだ通り、「番車」という言葉があった部分を「号」に変えるだけですが、なぜ「号」という言葉を付けるのが駄目なのですか?
また、「1、2号」の部分が「1・2」となっていましたが、なぜ「、」ではなくて「・」を用いるのですか?国鉄キハ10系気動車の項目は「,」という記号を使用しています。
あと、言葉は統一してください。(例:「改番」、「改番された」、「改称」、「改称された」→「改称」や「○○の項目参照」、「○○の項目を参照されたい」→「○○の項目参照」など。)
もう1度書き込みますが言葉や記号などは他の項目と統一させてください。どうかお願いします。
あと、「x番台」は全て残してください。なぜなら、番台区分が必要だからです。
また、「19xx年(昭和x年)」の「(昭和x年)」の部分や一部のリンクを除去していました。「19xx年」という言葉の後に「(昭和x年)」という言葉があっても問題ありません。
また、リンクは必要だ、と僕は思います。なぜなら、スクロールして探す必要がなくなるからです。
もしかしてこの2つのことは記事の内容量が多くなるからですか?
スハネ30形(2代)は最初はスハネ30000形→スハネ30形(初代)とスハネ30100形→スハネ31形であったオハ34形を復元改造した車両です。
最後に書き込みますがこれは議論ではありません。注意されたので僕はもう議論はしません。--218.230.32.140(元218.230.33.116218.230.4.219) 2007年5月25日 (金) 09:33~09:46 (UTC)
え~、そういうことでしたれば、自分で作業してみましょう。誰でも編集できるのがウィキペディアですから。それが不適当だということになれば、また誰かが指摘・修正してくれるでしょう。自分の編集が敲かれる覚悟がないのであれば、後先考えずに首を突っ込まないでいただきたいです。ノートページは、あなたの言い訳を書く場ではありません。ここに書きこむということは、不明な点を明らかにし、編集方針について合意を形成したいという意思表示にほかなりません。そこで、議論ではないと開き直るのは、自分の無責任ぶりを自分で証明しているようなものですよ。--Kone 2007年5月25日 (金) 10:50 (UTC)[返信]
追記です。「1度議論してみてください。」という書き込みは「僕の代わりに議論することを望んでいます」という意味だけではなく、「あなたが問題だと思ったのならあなたが議論してみるのはどうですか?」という意味も込められていました。
「本文に不適切な内容や嘘の情報を書き込んでいないからです。それをしたら、編集する資格はない、と僕は思います。」と書き込みましたが、勘違いでそれを行った場合は僕は許せます。
「・」という記号はこの日本語版ウィキペディアでは「○○と□□」という意味では滅多に使われません。例外として項目名があります(例:国鉄413系・717系電車など)。
Koneさん、僕がいくら編集しても勝手に戻されるのである人と話し合って決着をつけたいと思っています。
別に、無責任だと分かっていて書き込んでいるわけではありませんし、ちゃんと反省はしています。--218.230.33.80(元218.230.32.1402007年5月25日 (金) 12:18 (UTC)[返信]
不適切な内容や嘘を書き込んでいるから差し戻されているのではなく、あなたが加筆する際に加筆する意図をきちんと説明できていないことに問題があるのだと思います。ましてやあなたが書き換えている表記というのは、どちらが正しいというものではないのですから、あなたの言い訳については、まったく逆の立場からも同じことが言えるのです。それとWikipediaは決着をつけるといった場所ではありませんよ。--12425183 2007年5月26日 (土) 01:08 (UTC)[返信]
「、」という記号を「○○と□□」という意味で使っていた項目がありました(例:国鉄マロネ40形客車)。 あと、「、」、「,」、「・」という記号はほとんどの項目は全角を使用しています。
「決着をつけたい」という文は「編集競合を避けたい」という意味が込められています。--218.230.4.114(元218.230.33.802007年5月26日 (土) 09:25 (UTC)[返信]
(インデント戻します)218.230.xxx.yyyさん、記号の用法や命数の表記法が異なることのみを理由に、本文の内容に一切触れず、当該箇所のみを編集する行為は極力避けていただけますよう、お願い申しあげます。12425183さんの発言にもあるとおり、これらの表記法はすべての言語媒体で統一されなければならないものではなく、記述の対象や文脈に応じた種々の用法が許容されているはずです。(もっとも、無動力車の車両番号に「号」を付す用法は一般的とは思えませんが)また、ここでの議論が収束しないうちに他項目の編集を強行する行為(→国鉄スハ43系客車)は現に謹んでいただけますよう、お願い申しあげます。 --出々 吾壱 2007年5月26日 (土) 11:13 (UTC)[返信]
書き込みたいことは分かります。でも、項目の内容をすっきりさせるために文字や文を統一しようと考えました。あと、文字数を減らして項目の内容量を減らしました。これは議論ではありませんが、また別の人の意見を聞いて早いうちに解決することを望んでいます。また、リベットが残されているスハネ30形(2代)についてはこちらを参照してください。--218.230.33.163(元218.230.4.114) 2007年5月27日 (日) 06:05~06:44 (UTC)
スハネに関するご指摘ありがとうございます。が、以前の記述では到底リンク先に記載の内容が理解できるものではなかったため、改稿させていただきました。また、新造時の原車番を削るのと体言止めを多用するのはいかがなものでしょうか。正直、可読性を下げるという意味では体言止めの多用は好ましくないと小生は考えます。原車番については、その後の車番との対応関係を明らかにする意味では必須の記載事項である(途中で順番が入れ替わっているケースも少なからずありますし、0起番であったことは明らかにされるべきでしょう)と小生は考えますが、その点について218.230.xxx.yyy氏はいかなる見解をお持ちなのでしょうか。少なくとも展望車の場合、旧車番に対する言及を行わなければ体系だった変遷の理解は事実上不可能であると思いますが。--HATARA KEI 2007年5月27日 (日) 07:19 (UTC)[返信]
内容量が32KBをこえたときの問題は一部のブラウザで編集ができない、というだけです。それ以外に問題はない、と僕は思います。
内容量を問題視するのは130KBをこえてからの方がいい、と僕は思います(例:おねがいマイメロディの登場キャラクター・人間界の人々(ノートも参照。サンリオの項目ですが僕にもいくらか趣味があり、かわいいキャラが登場するサンリオも趣味の1つになっています。))。
あと、「号」という言葉がなぜ適切なのかは「号」という言葉を提案したこの方に聞いてください。--218.230.33.216(元218.230.33.1632007年6月2日 (土) 03:41 (UTC)[返信]
(インデント戻します)そもそも無名数である客車の形式称号表記について「号」を使用する合理性について、ご自身で合理的に説明できない(他人に説明を投げるなど、説明責任の放棄であって最低の行為です。自身で正しく説明できないことは百科事典の記事に記するべきではありません)のであれば小生としては「号」の使用について一切合意できかねます。小生の記憶に誤りがなければ国鉄時代の公報(総裁達)などでも客車の番号表記についてはこの種の記号付記が行われていなかったはずで、その意味でも妥当性を欠くと判断いたします。それと、記事中の年号表記ですが、西暦表記にリンクが付されている以上、昭和表記はそちらを参照すれば済む話で、記事中での年次表記の数の膨大さや煩雑さを考慮すると小生は反対です。後、小生が「・」を多用する件ですが、これは可読性優先のためです。文節の区切りとしての読点と列挙された項目の区切りとを同一の「、」で表記した場合、これらが混在する状況では判別が困難となってミスリーディングが発生する危険性がありうるため、列挙項目に「・」などを適宜使用しています。その意味では、むしろ列挙項目の区切りに「、」を必ず使用せねばならないとする合理的な理由の説明を218.230.xxx.yyy氏には前回の問いに対する答えと合わせて求めたいと思います。少なくとも、他形式の項目でそう書かれているから合わせるべきだ、といった消極的かつ非合理的な理由では小生は納得できませんし、合意も出来ません。--HATARA KEI 2007年6月2日 (土) 04:18 (UTC)[返信]
「号」という言葉の件ですが、この方に自分で聞いてみます。またHATARA KEIさん、そこまで書き込んだのであれば僕は理解できます。
「19xx年(昭和x年)」の「(昭和x年)」の部分の除去の件ですが、国鉄マロネ40形客車の項目では全く使用していないため、HATARA KEIさん、これも理解しました。
しかし、「○○と□□」という意味での「・」という記号を使うのは必要なところ以外では極力避けてください。この日本語版ウィキペディアではそうなっているからです。(HATARA KEIさん申し訳ありません。)どうかお願いします。
ウィキペディアが百科事典であることと、本文の内容量が多くなりすぎるのを防ぐために極力文字数を減らしたり、体言止めを使うことを僕はお勧めします。
非合理的なのは半分別として、本文の文や文字が消極的な模倣であっても、わざと不適切な内容や嘘の情報を書き込んでいなければ問題はない、と僕は思います。
あと、国鉄スハ32系客車#その後の改造で車番が表記されていない形式には分かりやすくするため、「二重屋根の」、「丸屋根の」と書き込まれていますが、除去しないでください。お願いします。
また、国鉄スハ32系客車#三等車(二重屋根車)のスハ32550形とスハフ35250形の項目に製造元が記述されていましたが、国鉄スハ32系客車#三等車(二重屋根車)国鉄スハ32系客車#二等車(二重屋根車)国鉄スハ32系客車#二・三等合造車(二重屋根車)国鉄スハ32系客車#三等車(丸屋根車)国鉄スハ32系客車#二等車(丸屋根車)国鉄スハ32系客車#二・三等合造車(丸屋根車)の節には多数派車両が多く存在し、製造元が数多くある形式もあるため、製造元を書き込むと冗長になると思ったので書き込まないようにしてください。お願いします。--218.230.32.216(元218.230.33.216) 2007年6月10日 (日) 05:36~06:07 (UTC)
ここがウィキペディアである以上、特定の記述内容について変更しないことを、ここで確約することはできません。各個の執筆者がこうしたほうがいい(これでよい)と思えば、それは定着しますし、そうでなければ直ちに編集されます。自分の投稿した記述が、自分以外の者によって容赦なく編集されるのが嫌だということであれば、ここでの活動はあまりお勧めできません(「投稿する前に以下の事柄をご確認ください」の最初に書いてありますよね)。インターネットには、HPでもブログでも誰にも邪魔されずに自説を発表できる場は、他にもたくさありますから、そちらのご利用をお勧めします。「号」という表記にについては、私としては「その程度であれば容認してもいいんじゃない」、とは思いますが、私以外の方がそれを容認するかどうかとは別の話です。この件については、私以外の誰とも合意が形成されていないと見るべきではないでしょうか。それゆえ、こうした状況が繰り返されているわけですし。私としても、こうした瑣末なことで議論をするつもりはありません。--Kone 2007年6月10日 (日) 06:35 (UTC)[返信]
少なくとも、再三にわたって勧告されているにもかかわらずアカウントを作成しようともせず、いかなる規制の対象ともならない立場のままで「お願い」の形を取った自説への準拠を強要する、あるいは自らの主張について指摘されると他者に責任や弁明の義務を転嫁する、という卑怯な振る舞いを続ける貴方の方針に対して無批判に従う理由も義務も小生にはありません。自説や自分の方針だけが正しいとお考えならば、Kone氏もお書きの通り、Wikipediaではないどこか他の場所で発表されることを強く推奨いたします。--HATARA KEI 2007年6月10日 (日) 06:58 (UTC)[返信]

国鉄オヤ31形客車の統合提案について[編集]

本系列の改造車であるオヤ31形は、現在別項目として扱われていますが、オヤ31形の項目に「スハ32系に属する。」と書かれているように、本来このスハ32系の項目の中の一節として扱われるべきではないのでしょうか?他の職用車はスハ32系の中にあるにも関わらず、オヤ31形だけ別というのは適当ではないと思い、統合提案をさせていただきました。皆様のご意見をお待ちしております。--ナダテ 2007年5月30日 (水) 15:36 (UTC)[返信]

(反対)この記事の冒頭にも書かれておりますように、この「スハ32系」の項目というのは同様の車体構造を持つ車両群を本記事の説明の都合上便宜的に分けたものに過ぎません。また、趣味的に言ってもどこまでがスハ32系に属するかというのはかなり曖昧な部分を含んでいると思われます。したがって、統一的に解説したほうが良い積極的な理由が無い限り、既存の記事を統合すべきものとは考えておりません。また、オヤ31形以外の形式を別記事とすることを妨げるものでもありません。--12425183 2007年5月30日 (水) 22:27 (UTC)[返信]
(とりえず反対)スハ32系の本流の各形式群の記述が未だ不十分な、基本構造に関する詳述がようやく端緒に付いた現状でさえ、ファイルサイズが既に70KBを超過している現状を考慮すると、オヤ31形を統合しても早晩再度分割することになりそうに思います。またご指摘の他のスハ32系に属する職用車についての記事構成等を勘案すると、オヤ31形を含め、国鉄スハ32系客車(事業用車)とでもして本体からリンクするような形態を取るべきなのかも知れません。--HATARA KEI 2007年5月31日 (木) 09:48 (UTC)[返信]
(反対)国鉄オヤ31形客車の項目にはオヤ31形の詳細が記述されているうえ、国鉄スハ32系客車の項目に統合させるとかえって国鉄スハ32系客車の項目の内容量が急に膨大に多くなる、と思うので国鉄オヤ31形客車の項目だけは独立させた方がいいと思います。
あと、国鉄オヤ31形客車の項目の本文に「>スハ32系に属する。」と書き込んだのは僕です。--218.230.33.216(元218.230.33.175218.230.33.1632007年6月2日 (土) 03:41 (UTC)[返信]
(反対)現在の記事容量を鑑みるに、統合よりは適切な分割案を検討すべきなのではと考えます。例えば、大量に製作され、かつ他系列からの改造車を多数含む国鉄マニ36形客車(マニ35形・マニ37形を含む)などは、記事として独立させた方が形式として一貫した記述がしやすいと考えます。 --出々 吾壱 2007年6月2日 (土) 04:48 (UTC)[返信]

皆様、ご意見をありがとうございます。確かに、現在のスハ32系の容量から見れば統合は避けた方が良いと私も思います。このまま数日間ほど待って、統合に賛成する意見がなければ統合提案を取り下げようと思います。

統合しないにしても、「その後の改造/試験車」の節に

  • オヤ31形
    1949年から1961年にかけて改造された建築限界測定用試験車。詳細は国鉄オヤ31形客車の項目を参照。

の様な一節を追加しておいた方が良いかも知れません。--ナダテ 2007年6月2日 (土) 06:04 (UTC)[返信]

たしか初版から
建築限界測定用試験車の国鉄オヤ31形客車は、本系列客車からの改造車である。
という一文を設けていたはずなのですが。--12425183 2007年6月2日 (土) 10:57 (UTC)[返信]

現在まで統合に賛成という意見が出なかったため、「統合に反対」で意見がまとまったと見なし、統合提案を取り下げました。皆様、ありがとうございました。--ナダテ 2007年6月8日 (金) 11:18 (UTC)[返信]

2007年8月3日付の保護に関する件[編集]

本項目は編集合戦を理由に保護依頼され、半保護となっています。(原因となった編集の例)「~版」などの表現や「体言止め」の是非、内部リンクの扱いが主因と思料します。

なお、本件に関連する一連の編集については「『番車』という言葉について」節にて議論されていましたが、論点を判りやすくするため本節を新たに設けました。編集についての合意を形成したく、皆様の意見を求めます。--出々 吾壱 2007年8月3日 (金) 13:41 (UTC)[返信]

単に、その時々の身勝手な思いつきで俺様ルールを押しつけてくる(そのくせ自分がルールに従っていると思いこんでいる)IPユーザー氏が一人で暴れているだけではないか?という気がしますが。その意味では、このまま半保護の状態で放置しておいた方がかえって健全な記事の発展に利するのではないかという気さえします。正直、ガイドラインをまともに理解できない/理解しようとせずに都合の良い部分だけ曲解の上で利用しようとする(そして追求されればあろうことか他人に責任を転嫁したり「これは議論ではない」などと意味不明の弁明で押し通そうとする)、ルール遵守の意思が皆無の人物の相手をここや自分のページのノート欄で延々続けるのはもうこりごりです。--HATARA KEI 2007年8月3日 (金) 16:10 (UTC)[返信]
今はもう「ごめんなさい。」の一言しかありません。でも僕は他の人が書き込んだ文に倣って書き込んでいるので僕だけを責めても意味がないと思います。--218.230.32.231(元218.230.32.216) 2007年年8月5日 (日) 04:17 (UTC)
貴方のその「自分の文章に自分で責任を取らない」態度が非難されているのではないでしょうか。そのような態度を取り続けられるかぎり、Wikipediaに書き込む資格はないと思料します。--12425183 2007年8月5日 (日) 05:07 (UTC)[返信]
「ごめんなさい」と言いながら国鉄オハ31系客車で同様の行為を続ける218.230.xxx.yyy氏にはあきれ果てています。面従腹背とはこのことを言うのでしょう。ここまで首尾一貫して無責任な行動を続ける人物というのも珍しいとは思います(一体どういうしつけをすればこの様な身勝手で無神経な人物が育つのか、一度親の顔が見たい、というレベルです)。「他人がしているのを真似しているだけだ」と言えば何をやっても許されると思っているのだとすれば、そのような人物にWikipediaに参加する資格はやはりないと小生は判断いたします。現状ではアドレス不特定のケーブルテレビ経由でのIPユーザーゆえにブロックが困難、という事情ゆえに放置されていますが、正直可能ならばこのケーブルテレビ事業者の全帯域で広域ブロックをかけるべきではないか、とさえ思います。--HATARA KEI 2007年8月5日 (日) 05:52 (UTC)[返信]

(インデント戻します)HATARA KEIさんが「>国鉄オハ31系客車で同様の行為を続ける」と書き込んでいますが、これは記号や文の使い方をこの項目をたくさんの人が問題だと思った状態に合わせたからです。国鉄オハ31系客車の項目を本格的に編集したのはこの項目を編集した直後、つまりこの項目に半保護がかけられる前です。その後、違っていたところがあったので再び編集したというわけです。
なぜこの項目や国鉄オハ31系客車の項目をたくさんの人が問題だと思った状態に編集したかと言いますと、何が問題なのか話し合ってみたかったからです。
確かに僕は最近、以前よりも編集することに責任を感じなくなっていました。自分に都合のいいような文にしていました。でも僕の文や言葉をとがめない人もいました。
しつけや「>親の顔が見たい」という件ですが、僕はいくら親からしつけられても成長しないということがあります。また、編集は家族の他の人に内緒でやっています。
HATARA KEIさんは「>「他人がしているのを真似しているだけだ」と言えば何をやっても許されると思っている」と書き込みましたが、確かにそうでした。他の人の真似をした文で、例え他の人の真似をして、それが間違っていたとしたら、僕の責任になりますが真似をされたその他の人も責任が回ってくると思っていました。
今度こそ本当にごめんなさい。自分をもっと改めるようにします。
でもわざと本文に不適切な内容や嘘の情報を書き込んでいけないのはもとから分かっていました。--218.230.32.203(元218.230.32.231) 2007年年8月6日 (月) 08:50~08:53 (UTC)

僕が編集する目的は実は言葉や文、文字の統一や、知っているところを訂正したり追加することです。ただし、鉄道の項目などといった特定の範囲の項目に限ります。
文字の表記法が異なることを理由に言葉や文、文字の統一を以前からしていましたが、これをとがめたのは出々 吾壱さん、あなたが初めてです。
僕は物知らずであったり(鉄道に関する知識は車両の形式と外見が一致する、客車の台車の名前と外見が一致して、どんなのに使われていたか、路線名ぐらいです。)、文章の組み立てが苦手なため、インターネットで書かれている文章は全て鵜呑みにしてしまいます(インターネットでわざと嘘の情報を書くのは荒らしなのは分かっています。)。
あと、今までは文章の組み立てが苦手だったため、どんな文も信じていましたが、これからは編集されてしまった古い文は信じないようにします。
それから、国鉄オハ35系客車の項目を責任をもって文を追加・修正しました。嘘の情報は一切書き込んでいません。
これからは責任を持って編集しますので、この項目の半保護解除をお願いします。--218.230.5.152218.230.33.179218.230.4.2218.230.32.216(元218.230.32.203) 2007年年8月20日 (月) 07:30~07:39 (UTC)
そもそも、「文章の組み立てが苦手なため、インターネットで書かれている文章は全て鵜呑みにしてしまいます」というのは検証可能性というWikipediaの大前提を無視している段階で論外ではないでしょうか。これまで当人に嘘を書いたつもりが一切無くとも、どこかのWebサイト上の記述を鵜呑みにして裏付けの確認もまともに行わずに加筆する、という行為を無批判に続けていた段階で、(その加筆内容の真偽とは無関係に)嘘を意図して書いていたのと同義ということになります。
これに限らず、218.230.xxx.yyy氏が一々指摘せねば問題点を認識しようともせず、また編集態度を改めない、というのでは、正直他の執筆者に過大な負担を強い、鉄道系記事を執筆するユーザーのコミュニティそのものの著しい疲弊を招くことになります。
その意味では、ほとんどの編集行為が他の利用者にとって害にしかなっていない現状(今回の件でこれまでの氏の加筆分ほぼ全てについての検証可能性の確認作業が必要になったことと、その分量のあまりの膨大さを思うと、正直気が遠くなりそうです。実を申しますと、氏の加筆内容に文献の裏付けが無いのでは?という疑いを小生はこれまでの氏の発言から何度か抱いていたのですが、よもやまさか、その加筆に何の裏付け調査もなく、単にどこぞのWebページの記載を無批判に鵜呑みにしているだけであったとは思ってもみなかったことでありました)を考慮するに、218.230.xxx.yyy氏には非常に迷惑なので二度とWikipediaの編集に参加して欲しくない、と小生は思います。氏によるオハ31系やスハ32系での加筆状況と、今後必要になるそれらの検証作業の量、そしてそれらに費やさねばならない不毛な時間を考えると、およそこれは今後責任を持って編集するだのどうの、といった陳腐かつ無意味な美辞麗句でごまかせる話ではありません。当人にルール遵守に関する根本的な倫理観が欠落している以上、仮に氏の参加を許容した場合、恐らくは同様の問題が再三にわたって惹起されることになるのではないかと思います。--HATARA KEI 2007年8月20日 (月) 08:37 (UTC) --HATARA KEI 2007年8月20日 (月) 15:09 (UTC)(追補訂正)[返信]
責任をもって編集する、ということであれば、再三お願いしているとおりアカウントの取得を強く推奨します。特定が困難で、責任のよりどころが曖昧なIP利用者のままでは、責任ある編集の担保になり得ませんし、セキュリティ云々といった理由は明らかな誤解によるもので、根拠の希薄な不毛なものでしかありません。
さて、表記記号の用法はWikipedia内でも定まったものがありますが、218.230.xxx.yyy氏の編集はそれを一律に、機械的に適用させようとするもので、明確な意図のもとに敢えて使っている用法に対しても何ら配慮することなく一律に編集している印象を受けました。「#『番車』という言葉について」でも貴殿に申しあげたとおり、これらは記述の対象や文脈に応じた種々の用法が許容されているもので、すべての文章において一律に適用しなければならないものではありません。誤謬や権利侵害などの速やかに対処すべき事柄と違い、編集の重要度としては別件の編集のついでに修正すべきレベルのものです。表記記号の統一のみを目的とした編集は無駄な版を増産するだけで、編集履歴が追いにくくなったり、サーバー容量の逼迫を惹起するなど好ましくない状況の原因となりますので、以後自粛願います。
これまでの発言内容を鑑みるに、貴殿におかれましては、Wikipediaの編集に参画する以前に、まずは現実社会において他者との関わり方や「責任」という概念、相手の立場で物事を考える姿勢を会得する努力をされるべきと考えます。今のままでは他の参加者と軋轢を生むだけですし、Wikipediaへの参画は歓迎されません。--出々 吾壱 2007年8月20日 (月) 11:39 (UTC)[返信]
確かに僕はインターネットで書かれている文章は鵜呑みにしていましたが、ちぐはぐだったり曖昧だった内容は一切書き込んでいません。
Wikipedia:検証可能性の項目は今まで知りませんでしたが、読んでおきました。これからは、例え「真実」であっても「信頼性に乏しい情報源」や「自主公表された情報源」を書き込むのはもう辞めます。
出々 吾壱さん、文字の表記法が異なることを理由に言葉や文、文字の統一をしてはいけない理由を教えてくれてありがとうございます。
責任をもって編集することですが、分かりました。アカウントを取得することを考え、それまでは編集を控えるようにしていきたいと思います。
「編集態度を改める」、「相手の立場で物事を考える」といったことなどを改めます。今まで害にしかなっていない程、たくさんの編集者に多大な迷惑をかけて本当に申し訳ありませんでした。--218.230.32.161218.230.33.202(元218.230.32.216) 2007年8月21日 (火) 04:19 ~ 2007年8月22日 (水) 02:10 (UTC)[返信]

(インデント戻し)↑のご意見の直後に、国鉄オハ35系客車で瑣末な内容の連続編集がありました。当方が自粛をお願いしたのはまさにこのような編集のことで、再三注意した連続編集も行うなど、当方や他の方の諫言を聞き入れず、自身の編集姿勢を省みてはいただけなかったようです。

この場で謝罪の言葉を並べる前に、編集方針遵守の姿勢は行動で示してください。それができない限り、Wikipediaは貴殿を歓迎しません。--出々 吾壱 2007年8月21日 (火) 11:44 (UTC)[返信]

氏がWikipedia:検証可能性の内容を知らずに加筆を行なっていたということになりますと、残念ながら、氏が加筆を開始した以降の版に付き、削除しなくてはならないかもしれませんね。--12425183 2007年8月21日 (火) 22:21 (UTC)[返信]

出々 吾壱さん、連続投稿の件ですが、連続投稿をしてはいけないのは分かっています。しかし、「今すぐどうしても直したい」という意志に負けてしまいました。例え、誤字脱字があってもこれからは二度とこのようなことがないように気を付けていきたいと思います。
12425183さん、本当に削除しなければならないのは嘘の内容があったり、Wikipedia:検証可能性の項目の内容を分かっていながらも「信頼性に乏しい情報源」や「自主公表された情報源」を本文に書き込んだ場合だと思います。
話を変えます。
ごめんなさい説明が悪かったです。確かに形式・車歴についてはインターネットで知ったこともありますが、本で読んだ内容もあります(これらの節[1][2]に書き込まれている書物です。)。でも本当に鵜呑みにしていたのは「~版」などの使用や「体言止め」の多用といった僕が苦手としている文章の組み立ての方です。8月20日の文で書き込みましたが、文章の組み立て方が苦手なため、今までどんな文の組み立て方も信じていました。しかし、この項目が半保護されてから編集されてしまった古い文を信じてはいけないことが分かりました。
あと、参考文献の件ですが、いろいろな機関車の項目では参考文献や出典を明記するような記述はほとんどありません。--218.230.33.202(元218.230.32.1612007年8月22日 (水) 02:10 (UTC)[返信]
「あいつもやってるじゃないか」式の弁明で自己の問題を他者の問題とすり替えて言い逃れようとするその姿勢が続く限り、恐らく218.230.xxx.yyy氏はどのコミュニティからも受け入れられることはないのではないでしょうか。そうでなくとも、ここ数日の氏の無闇にハイペースな編集履歴を見る限りはおよそ本当の意味での反省があったとは思えない(出々 吾壱氏が再三指摘しておられる問題が全く改善されていないのは何故でしょうか?)状況が続いているのですが。
また、氏の編集後の差分を確認した限りでは、他の編集者の記述意図や文脈を正しく理解して加筆されているとは思えない編集が散見され、小生としてはやはり本項目の半保護解除は当分行うべきではなく、むしろここ数日で氏によって状況が悪化しつつある国鉄オハ35系客車国鉄オハ31系客車国鉄オハ30形客車国鉄10系客車、それに国鉄スハ43系客車などについて半保護対象項目とすべきではないかとさえ思います。--HATARA KEI 2007年8月22日 (水) 08:43 (UTC) --HATARA KEI 2007年8月22日 (水) 11:50 (UTC)(追補訂正)[返信]
「~をしてはいけないのは分かっています」
「これからは二度とこのようなことがないように」
と発言した直後にこのような編集がなされ、残念でなりません。頭で解っていても行動が伴わないのでは「わかっていない」のと同じです。218.230.xxx.yyy氏の諸発言は行動の担保がなく、信用に値しないことを確信いたしました。氏が今後、同様の行為や発言を継続された場合、相応の手段を検討すべきかと考えます。--出々 吾壱 2007年8月22日 (水) 12:18 (UTC)[返信]
HATARA KEIさん、あれは言い逃れではなく、僕は文章の組み立てが苦手だから他人の真似をしていたのです。
話を変えます。
なぜ連続投稿が起きてしまうのでしょうか?それにはこれらの理由があります。
  • 誤字脱字・見逃しが多い。
  • 他の作業をするために一時中断しなければならない。
などといった感じです。
連続投稿してはいけないのが分かったため、1時間ぐらい間をあけましたが、だめでしたか。いったい、どれぐらい間をあければいいのでしょうか?
僕以外にも連続投稿している人を見たのですが何でとがめないのですか?
また話を変えます。
以前、僕は長野工場の項目を2回作成しました。しかし、いずれも削除されてしまいました。何を書き込んだのかと言いますと、次の通りです。
2回目の削除依頼ある人が僕のことを「>悪質な立項荒らしと言われても仕方がない。」などと書き込んで僕のことを非難しました。
しかし、「>なれない人の過失にすぎないかもしれない」と書き込んでくれたがいました。
この方の通り、僕の「害にしかなっていない行為」は僕には単なる過失にしか思えないのですが……。
僕はWikipediaの編集のやり方について知らないことや分からないこともいろいろありますから……。
本当は謝りたいのですがもう謝る気になれません……。--218.230.33.202(元218.230.32.422007年8月23日 (木) 03:28 (UTC)[返信]

(インデント戻します)またぞろ「あいつもやってるじゃないか」式の言い訳ですか。「他人の真似をした」と他者に責任を転嫁する物言いをしておいて「言い逃れではない」とは一体どの様な教育を受けてこられたのか、首をかしげざるを得ません。 小生にも連続投稿の傾向があるのでその点についてはあまり強くは言えないのですが、218.230.xxx.yyy氏の場合は内容の重要な変化を伴わない改稿の極端な多さが問題であるように小生には思えます。既に他の方も指摘しておられることですが、正直、スタイルの修正などの軽微な編集は他の重要な、例えば読者の記事で取り扱われている対象への理解を変えるような、あるいは読者に新たな知見を与えるような改稿(それらは場合によってはわずか1文字の修正であるかも知れません)のついでに行えばそれで済む話で、中身のないそういった編集だけを延々と短時間の間(それは何時間あるいは何分、といった定量的な基準で許容範囲を機械的に決定すべき性質のものではありません。そもそもそういった質問が出てくること自体、氏に事の本質に関する理解が根本的に欠如していることを明示しているように小生には思えます)に繰り返せば他の編集者諸氏に嫌がられるのは当然ですし、意味不明、かつ意図不明の編集(それらは記事の内容を本当に理解して編集しているのか疑わしいものばかりであったことは指摘しておかねばならないでしょう)を何の説明も無しに頻発しているとなれば、そもそも他者にまともに相手にしてもらえることを期待する方が間違っています。加えて、問題を指摘されて反省や謝罪の言葉を並べておきながら直後に同様の問題を繰り返すとなれば、最早問答無用で荒らし判定されても文句が言えない状況にあるとさえ言えます。小生が再三に渡り氏にはWikipediaで編集を行う資格はない、とあえて断定的な表現を使用してきたのは、そういった状況を見通してのものであったのですが、事態がここまで悪化するまで氏の編集を差し止めることが出来なかったことについては己の無力を反省せざるを得ません。--HATARA KEI 2007年8月23日 (木) 04:11 (UTC)[返信]

HATARA KEIさんがそんなに自分を責める必要は無いと思います。編集の仕方が分からないならIP氏が誰かに聞くなりすればいいんです。誰も教えることを惜しむ発言はしてない訳ですから。WPは共同作業です。IPさん、郷に入らば郷に従って下さい。何かあればいつでも相談に乗りますので。コメント依頼が出てる以上、逃げようとは考えないで下さいね。コメント依頼は鉄道屋以外の皆さんも見ていますので。--ちゃたま会話|投稿記録2007年8月23日 (木) 10:23 (UTC)[返信]
他人の真似をして書き込んだ理由は、文や文字を統一するためです。なぜなら、すっきりとして見やすいからです。でも、他人の真似をして書き込んだとき、その他人に責任が回るのかどうかは置いておいて、必ず僕に責任が回ってくるということに今まで気が付きませんでした。本当にごめんなさい。
僕の編集は僕からどう見ても不適切には見えません。実は項目の履歴で細部の編集を意味する「M」の表記の仕方が分からないのです。でもこれからは何かない限り、数日に1回編集するようにします。
出々 吾壱さんをはじめとする皆さん、これからは連続投稿が無いよう今度こそ気を付けていきたいと思います。
8月22日に国鉄オハ30形客車の項目の脚注を削除した理由は、鉄道事故の項目に該当する発火事故があり、そのリンクを見ればすぐに分かるからです。
でも僕の「害にしかなっていない行為」は単なる過失にしかなっていないことを理解して欲しいと思います。
でも悪いのは全て僕です。僕以外の人は自分を責める必要は無いと思いますが……。--218.230.5.152218.230.4.34(元218.230.33.202) 2007年8月24日 (金) 13:24 ~ 2007年10月6日 (土) 08:28~08:45 (UTC)
今日もあなたはノートで反省を口にしながら国鉄オハ31系客車国鉄オハ35系客車で軽微なスタイルのみの編集などここで再三指摘されたような編集を行なっているではないですか。これを過失と言われましても誰が信じると思っているのでしょうか?HATARA KEI氏の嘆きもよく理解出来ます。--12425183 2007年8月24日 (金) 13:31 (UTC)[返信]
と言おうかそろそろ「コミュニティを疲弊するユーザー」と判断して投稿ブロック依頼を掛けてみては如何でしょうか?--目蒲東急之介 2007年8月24日 (金) 13:35 (UTC)[返信]

(インデント戻します)今更218.230.xxx.yyy氏に何を言っても無駄であることはこれまでに痛いほど思い知らされてきたので、ここ数日の氏の面従腹背については最早何の感慨もないのですが、一つだけ氏に確認したいことがあります。小生が本日新規に作成した国鉄28400系客車で、本文へ一切の加筆を行わずに参考文献だけ加筆したのは一体どのような理由によるものでしょうか? これについて小生に納得の行く回答が得られない場合は、問題の最終的な解決手段を検討させていただくこととします。小生としても残念ですが、流石にここまでコケにされて我慢する理由は全くありませんので。--HATARA KEI 2007年8月25日 (土) 12:45 (UTC)[返信]

12425183さん、軽微なスタイルのみの編集の件ですが、僕は今日Help:細部の編集の項目を読んで分かったのですが、アカウントを取得していない人は項目の履歴で細部の編集を意味する「M」の表記ができないようです。僕にはやはりアカウントを取得するような力がないので、編集内容の要約に「細部の編集」と書き込みました。
目蒲東急之介さん、分かっていてコミュニティを疲弊させているわけではありませんし、不適切な内容や嘘の情報も書き込んでいませんし、Wikipedia:検証可能性の項目も読んで「信頼性に乏しい情報源」や「自主公表された情報源」も書き込んではいけないのも分かります。まだ投稿ブロックをする条件を満たしてはいないと思いますが……。
HATARA KEIさん、本文へ一切の加筆を行わずに参考文献だけ加筆した件ですが、僕は28400系の存在を参考文献で書き込んだ機芸出版社の「陸蒸気からひかりまで」という本で知り、Template:国鉄・JRの客車国鉄28400系客車の項目を追記したのも僕だからです。
出々 吾壱さんは「>無駄な版を増産するだけで、編集履歴が追いにくくなったり、サーバー容量の逼迫を惹起するなど好ましくない状況の原因」と書き込んでいるにもかかわらず、出々 吾壱さんは僕の細部の編集を拒否するためだけに編集内容の要約に言いがかりに等しいようなことを書き込んでまで差し戻しをする行為をしました。この行為についてははっきり言って迷惑です。いろいろな人が様々なことを思うのは自由ですが、(小さい頃から僕もしていますが(前よりそれは減ったと思います)、)ある人を中心にいろいろな人がしたのを見て僕は「ああ書き込んだのにこのような行為をした」というのがとても不愉快に思えます。不適切な内容や嘘の情報、信頼性に乏しい情報源や自主公表された情報源を書き込んでいなければ差し戻す必要はないと思います。
「過失」と書き込みましたが正しくは「不注意」でした。言葉の使い方を間違えました。しかし、確かに何度もやり過ぎています。もうこのような行為は二度とないように気を付けていきたいと思います。でも、細部の編集は「不注意」でないことは分かっています。--218.230.4.34(元218.230.5.152) 2007年10月6日 (土) 08:28~08:36~08:45 (UTC)
IPさん、いい加減アカウント作って編集した方が良いと思いますよ。匿名ユーザーとはいえ、IP丸出しですし。アカウントを持つことによって、ある程度の責任を負った方が良いかと思います。あと、きちんと--~~~~で署名して下さい。編集する以前に、各種方針を読み直したほうが良いかと思われるんですが、いかがお考えでしょうか。この行為についてははっきり言って迷惑ですのような発言は言語道断です。--ちゃたま会話|投稿記録2007年10月6日 (土) 11:38 (UTC)[返信]
さしあたり、218.230.xxx.yyy氏には記事に参考文献を記する意味が全く理解できていないことと、テンプレートの木造客車分類がでたらめ(大形客車が2軸と3軸で分けてあったり、基本形と中形が2軸3軸関係なしに一緒くたになっていたり、制式木造客車の体系を理解していればまずこんな分け方にはならないはずです)であった理由が良く判りました。同氏の本日の編集行動の内容やここでの発言内容とあわせて勘案するに、やはり同氏の使用するIPアドレスに対して広域ブロックをかけた上でプロバイダを通じて氏の保護者に対して氏の行動が問題である旨を連絡する手段を模索すべきではないかと小生は考えます。正直、記事編集以前に日本語が全く通じない、人間として問題がある人物に振り回されるのはもうたくさんです。--HATARA KEI 2007年10月6日 (土) 13:41 (UTC)[返信]
HATARA KEIさん、あれから思ったことを書き込みます。僕は国鉄オハ31系客車の項目のノートで「実は木造客車の詳細はあまり知りません。」と書き込んだはずです。分かっていて嘘の情報を書き込んだ訳ではありませんし、22000系28400系は同じ編成で一緒になったことはほとんどなかったようです。また、22000系23800系は構造がほとんど異なっていると思い込んでいました。人を虚仮にしていたわけではありませんし、本文へ全く加筆しないで参考文献だけ加筆する行為が違反だということも知りませんでした。だから、まだ投稿ブロックをしたり通報するのはまだ早いと思いますが……。
僕の想像の話ですが、逆に僕が木造客車の詳細をたくさん知っていて、あなたが木造客車の詳細を知らずに間違ったことを書き込んだとします。その場合、僕はあなたのことを詳細を知らなかったということで許します。
出々 吾壱さんは書き込んでいることとやっていることが違っているため、注意しただけです。言語道断(もっての他)だと思う人もいますが、僕は言われた当事者です。
誰も細部の編集を不注意だとは書き込んでいません。細部の編集をする行為のどこが悪いのか、と書き込みたいくらいです。なぜ、僕の一部の細部の編集を拒否されなければならないのか不思議に思います。
あと、ちゃんと僕は署名をしています。ただ、アカウントを取得していないので、「--~~~~」では「(元218.230.vvv.www)」という言葉を追加できないため、「--~~~~」は使えないのです。また、書き込んだときのIPアドレスが変更されたことや追補訂正した時間も書き込んであります。--218.230.4.71218.230.33.73(元218.230.4.34) 2007年10月6日 (土) 23:36~23:46 ~ 2007年10月7日 (日) 09:33~09:41 (UTC)
(インデント戻し)218.230.xxx.yyy 殿が不愉快に感じられた差戻が何を指すのか判然としませんので、一般論として申しあげます。
当方は差し戻しを行うにあたって必ず理由をコメントに付記し、いくつかの例では以後の対処についても記しています。他者の編集に疑義があり、ご自身の見解を理解してもらいたいのであれば、当方の指示通り当該記事のノートで意見提起し、他の参加者の合意を得るのがWikipedia内で推奨される解決の手順なのですが、その趣旨をご理解いただけませんでしたことは真に残念です。ここで不平不満を述べたところで何の解決にもなりませんし、むしろご自身の立場を不利にするばかりです。
今一度、各種編集方針を熟読ください。Wikipediaでの行動指針、禁止事項など細かく網羅されています。「誰にも注意されないのだから正当な編集である」という貴殿の主張は身勝手な言い訳でしかありません。
なお、貴殿が「細部の編集」と主張されるいくつかの件では、節単位の移動や大量のテキスト追記、テンプレートの項目変更など、客観的に見て「細部の編集」とするには相応しくない内容が散見されましたことも申し添えます。--出々 吾壱 2007年10月7日 (日) 13:21 (UTC)[返信]
正直なところ、ここまで書かねばならないのか、という気もするのですが、218.230.xxx.yyy氏の弁解について気になるところがあったのでコメントを。
「よく知らない」ことを認識した状態で、ことの全体像を把握することもせずまた十分な裏付けも取らずに書くというのは、「分かっていて嘘の情報を書き込んだ」のと意味合い的にほぼ同義かそれ以上に悪質な行為です。自分で裏付けもとれない/論拠を公に提示できない不確かな、真偽の定かではない情報であるのならばなおのこと、軽々しく記事に書き込むべきではないのです。それがやりたいならばアンサイクロペディアにでもどうぞ。
218.230.xxx.yyy氏には、事典の編集に参加する以前に、まず人としてのまともな社会常識を身につけられることを何より強く推奨します。あと、218.230.xxx.yyy氏の投稿ブロックの可能性を小生が検討せざるを得なくなったのは、何も今回の件だけが原因ではありません。これまでの自らの非常識な行動を顧みることもないままに、平然とそのような発言に及ぶ218.230.xxx.yyy氏の厚顔無恥あるいは無責任ぶりには正直呆れるより他ありません。またそれは、氏のこれまでの反省の弁が全く口先だけのものであったことを示す動かぬ証拠であるようにも小生には思えます。--HATARA KEI 2007年10月10日 (水) 10:16 (UTC)[返信]

記事の移動提案(マニ32形を国鉄オハ35系客車に組み入れ)[編集]

表題にもありますように、現在本系列で取り上げられているマニ32形およびその改造車をオハ35系に組み入れることについて提案したいと思います。 これはマニ32形の初号車の落成日が1940年3月とオハ35系が量産されている時期(ただし酷寒地向けにはスハ32形やスハフ32形が継続生産中)にあたり、初期製造車に見られる車体構造の特徴(1~17は張り上げ屋根)も含めて考えるた場合、オハ35系に組み入れるほうが車両を時系列で調べる上でも理解しやすいのではないかと私は考えています。

ただ勝手に記事を移動してしまうのも問題があると思いますので、この項目を執筆された皆さんのご意見をお伺いしたいと思います。--福11 2007年10月5日 (金) 11:48 (UTC)[返信]

本日項目一部移動テンプレートを掲示させていただきましたので、よろしくお願いします。--福11 2007年10月12日 (金) 11:39 (UTC)[返信]

37290形の落成時の自重について[編集]

37290形は最終的に14号御料車とスヤ39 11、マロネフ59形になっているのですが、調べてみると1941年10月の車両称号改正の時点での重量等級が「ス級」だったのか「マ級」だったのかが文献によりまちまちなのです。

例示すると「鉄道ピクトリアル」No.748 p.60の「マイネ40形」の文中では「スイロネフ38」と記述されていますが、「スハ32800形の一族」下巻p.130では「マイロネフ38」と記述されています。 私が疑問に感じているのは落成時の自重が「42.5t以上」あったのかなかったのか?なのですが、私の手持ちの資料では残念ながら確認することができませんでした。

ご存知の方がおられましたらご教示いただければ幸いです。--福11 2008年2月26日 (火) 11:45 (UTC)[返信]

気になりつつも、なかなか見つからなかったのですが、いのうえ・こーいち『客車・好き』(JTB)p.85に図面が出ていまして、必要箇所だけ拾うと、番号:マイロネフ38 1~3(従って戦前もマイロネフ説ですね)、自重:38.90噸、図面出典:国鉄鋼製客車6、とあります。落成時か改称時かは定かではありませんが、いずれにせよ定員は座席で32人で1.6t余、発電機蓄電池1t を加えてもス級で余裕があるような気もするのですが…。
より本質的な、1941年改称後どちらだったかという問題では、「マ」は上記および、ピクトリアル667号10系寝台車編のp.16 位しかみつからず、あとは星晃「車両称号規定の改正に伴う客車の改番について」『国鉄客車1950』 p.77のようなオーソリティの記事でもスイロネフですね。ただどうも「マ」と「ス」は誤植も多いようで(RP667 のすぐ後p.18にもスイロネフ37290という記載あり)、案外その辺に混乱の元があるのかもしれません。ただ気になるのはご指摘のように、「参考」という扱いにせよ「スハ32800形の一族」下巻p.130の記載。車両史編さん会のシリーズでは、オハ35形の一族とするようですが、HPを見てもマイロネフ38という記載もあり([[2]])何か資料があるのかもしれませんね。いずれにせよもうじき刊行されればはっきりするはずではありますが。Hanabi123 2008年3月16日 (日) 13:32 (UTC)[返信]
ご教示いただきありがとうございます。
一形式3両しか存在せず、しかも特殊な用途(皇族・貴賓客専用)の車両なので調査の対象としては「調べるのが大変」な部類にあたると思いますので、「実際のところどうなの?」というのは近日刊行の「オハ35形の一族」で詳述されているとありがたいな、と私も考えています。
ところで、出典中定員が座席で32名とあるようですが二等寝室はプルマン式なので6ボックス24名分というのは理解できたのですが、2室ある寝台数1の一等寝室は座席では定員何名に設定されているのかが気になるところではあります。(手元に形式図がないもので・・・)--福11 2008年3月19日 (水) 04:39 (UTC)[返信]
定員の件ですが、座席ではイ8人、ロ24人となっています。一等寝室は寝台のほかに回転椅子があるように描かれていますので、寝台に3人、椅子に1人掛ける計算のようです。しかし考えるとこの図面のマイロネフとはホントに戦前のことか、と一瞬思わせるところもあるのですが、両デッキなのでやはり戦前のようではあります。Hanabi123 2008年3月19日 (水) 14:31 (UTC)[返信]
「鉄道史料」第43号に昭和16年11月4日達639号「車両称号規定の一部改正(別表)」中の「鋼製ボギー客車新旧形式対照表」が掲載されているのを発見しました。それによれば、ご質問の37290形は「マイロネフ37290」→「マイロネフ38」とありました。自重についてはこの一覧には記載がなく定かではありませんが、とりあえずご参考まで。--HATARA KEI 2008年3月19日 (水) 17:30 (UTC)[返信]
その後も資料を見るときに気をつけるようにしていましたが、図書館で『日本国有鉄道百年史』を見たところ、11巻p.702のマイロネフ37290の紹介では「後のスイロネフ38」とし、一方p.700の1941年改番の表ではマイロネフ38となっていました。
藤田吾郎『鋼製雑形客車のすべて』p.29では、1949年6月11日(鉄道広報通達)の車両換算法の改正で改称になった客車の一覧表で、スイロネフ38→スイロネ37としています。(車両換算法の改正関係の表で、このス→スが載っているのがなぜか、という別の疑問はあるのですが…)。
藤井曄、藤田吾郎『特別職用車』p.27の各車の履歴もスイロネフ38となっています。
また『国鉄客車1950』の星晃「寝台車戦後版」では、米軍接収時のことが書かれていますが、軍用特別列車OCTAGONIANにスイロネフ38 1が入っていたとし、他の箇所にもスイロネフ38が登場します。
以上を見渡すとマイロネフ38=1941年改称関係、 スイロネフ38=通史・接収時・1949年改称関係、という色分けがあります。このどちらか全部間違いというのも考えにくいように思いますので、だとすると、1941年にはマだったものがどこかの時点でスに改められた、というのも可能性としてはありそうなのですが、実際のところはどうなのでしょうか…。一応メモも兼ねまして。Hanabi123 2008年4月8日 (火) 12:33 (UTC)[返信]
頭の中でこんがらがってしまいましたので、改めて皆さんの情報と私の手持ちの資料やWeb検索で気づいたことを整理して書き出してみますと、
1.1941年の称号改正時に換算変更の併施により重量記号を変更した車両が複数存在する(スロ30850→オロ35やオハ35系の大半の車両が該当)。
2.進駐軍に接収され1947年に車軸駆動冷房装置が追設されたが、その際4位出入台を閉鎖して配電盤を取り付けたためにこれに支障する手ブレーキを撤去してスイロネ37へ改形式されている。
3.1953年の称号改正に前後して「車軸駆動冷房装置を設備する車両は換算両数を(0.5または1両)追加」=冷房装置を常時搭載されたものとして取り扱うように規定が変更されている(イロネ37 2がイロネ39 1に改番されたのはこのためと考えられます)。
4.スイロネ37 3は1952年に緩急車設備を復旧しマイロネフ38 1に改番されているが、手ブレーキの復活と車掌室の開き戸設置で車重がどれだけ変化したのか?(ちなみに現在保存されているマロネフ59には「自重42.8t」と標記されていますが、これは落成時と比較して約3.9t自重が増えていることになります)。
このうち4.の自重の差の大部分を冷房装置の重量として考えると1941年の称号改正時点ではスイロネフ38だった可能性が高いのではないか、と私は考えています。
…近日中にマロネフ59の実物(特に床下)をチェックしないといけないかもしれないですね。--福11 2008年4月8日 (火) 21:39 (UTC)[返信]
1951年版の『客車形式図』のコピーもみましたが、スイロネ37についてはやはり「元スイロネフ38」と書かれていますね。一方1941年改称について、HATARA KEIさんの挙げられた「鉄道史料」から公報レベルでマイロネフだったことも動かしがたいように思います。したがって、a)元々「ス」相当の重量であったが、1941年もマイロネフ38に改称→b)その後(1.に書かれた要因で)積車重量に厳密に従って何れかの時点でスイロネフ38に変更→c)スイロネ37に改造、という推測が一番無理がないような気がしてきましたが…。Hanabi123 2008年4月13日 (日) 14:16 (UTC)[返信]
4/27に交通科学博物館に行ってマロネフ59 1とスシ28 301を見てまいりました。
時間の制約から車内の見学(土・日・祝日は「ミュージアム探検ツアー」と銘打って通常は見学できない車両内部の見学などができる催し物が行われています)はできませんでしたが、気になっていたマロネフ59の床下を覗いて見ますと旧一等室の床下に「口出しされた」電線と空気だめを移設して「何かが吊り下げられていた」痕跡が残されていることが確認できました。おそらくこの場所に車軸駆動冷房装置が取り付けられていたのではないかと考えられます。
ただ台車は通常のTR73(VA3068)に変更されている(これは1956年度にスイ38形をマイ38形に改造した際に台車振り替えが行われたため。『スハ32800形の一族』下 p.246p.264の記述による)のでこれ以降冷房装置を設備していたのか?という「新たな疑問」が発生してしまうことになったのですが・・・
一方スシ28 301(スハシ38 102の改造)ですが、1932年度落成の日本車輌製の特徴であるUF45台枠(側梁を乙型鋼で構成する。実際に側梁を触って確認しました)と妻柱にリベット締めされた踏段受、軸箱守控を貫通ボルトで固定するオリジナル設計のTR73台車(VA3059)が装着されていることが確認できました。
とりあえず今回の実車検分で確認できたのはここまで。(本当は床下にもぐって調べたかったなぁ・・・)--福11 2008年4月28日 (月) 18:41 (UTC)---掲載ページを間違えたので修正--福11 2008年4月28日 (月) 18:47 (UTC)[返信]

(インデント戻します)おはようございます。 非番なのをいいことにWiki巡りをしていたところ国鉄客車の車両形式#規程の歴史があることを思い出しました。 もしかするとこれが解決の糸口になりそうな気がするのですが・・・--福11 2008年5月14日 (水) 01:00 (UTC)[返信]

弁天町には残念ながら行く機会がないのですが、いろいろ詳細なご調査ありがとうございます。さて同項目は実は本問題も一つ念頭においてちょこちょこ調査加筆しているのですが、先日古いピクトリアルを眺めていたら国鉄客車の車両形式#1941年称号規程に書き加えたオハ35の事例が見つかりました。どうも1941年以前は重量記号が厳密に重量に従ってはいなかったらしいという実例ですので、「改正前から実はスだがマ→改正時もマ→割とすぐに実重量にあわせス」という一つの可能性も増してきたかと思います。また、詳細が分からない1942年の車両換算法改正の影響も、もう一つの可能性ですが。--Hanabi123 2008年5月17日 (土) 00:58 (UTC)[返信]

(インデント戻します)新造時に鉄道省工作局が発行した車両形式図で「形式37290 記号及番号マイロネフ 37290-37292 自重38.90噸」とあることを確認しました。つまり、同形式は実測自重よりも1ランク上の換算両数で運用されていたことになります。--HATARA KEI 2008年9月5日 (金) 16:10 (UTC)[返信]

ご調査ありがとうございました。だとするとマ→スは、どうもやはり戦後の改造に起因するものでなく、1941年改称のときにマにしたが、接収までの間に(記録はないが)スに変更されたと考えるのが自然かと思います。つまり、
  • 昭和16年11月4日達639号「車両称号規定の一部改正(別表)」でマイロネフ38に改称
  • どこかで実重にあわせスイロネフ38に改称
  • 接収時にはすでにスイロネフで、1949年6月11日(鉄道広報通達)でスイロネフ38→スイロネ37
というのが諸資料に(間違いがなければ)もっとも一致するのではないでしょうか。これ以上は、戦中戦後の写真でも出てこないと難しいかもしれませんが、車両が車両だけに厳しいでしょうね。
なおその後、今月11月号のピクトリアル「1等寝台車」は、気づいた限りすべてスイロネフ38で特に注記もありませんでした。車両史編さん会の『オハ35形の一族』も1巻目が出ましたが、ざっと見た限りでは、とくにこの問題を解決するような記述はなく、形式ごとの詳説を待たねばならないかもしれません(しかし3分冊になったようですね…)。また弁天町にもようやくこの夏行く機会があり、実車も見られ、その他いろいろ勉強にはなりましたが、この点については特に何も分かりませんでした。とりあえず。--Hanabi123 2008年10月4日 (土) 14:19 (UTC)[返信]
その「オハ35形の一族」j上巻p.158に「1-17-2 鋼製客車重量仮記号標記」という項目があり、同じ達639号で「鋼製客車重量仮記号標記方に関する件」として「形式37290は重量記号をマ→スに変更する」という通知がなされたようです。
それを勘案してみると
  • 1941年10月称号規定改正  37290→マイロネフ38へ
  • 同時に重量記号変更を併施 マイロネフ38→スイロネフ38へ
というところが今のところ現実的な回答ではないかと思います。
・・・では「実際に書き換えられたのはいつだ?」といわれても履歴簿を持っているわけではありませんので返答に困ってしまいますが。--福11 2008年10月6日 (月) 12:37 (UTC)[返信]
そういう項目がありましたか。諸般の事情であとでまとめて購入しようとしてまだ手元にないのですが、よかったですね。おそらくこれで問題解決といえるのではないでしょうか。--Hanabi123 2008年10月6日 (月) 13:35 (UTC)[返信]

マイロネフ38の冷房の有無の件[編集]

210.196.140.99さんにA寝台の要約で、「冷房の有無についてですがマロネフ59は進駐軍に接収されていた時に冷房取り付け改造されており冷房付だと思います。大阪に保存されている現車でも片側のデッキが潰され車掌用のド…」とご指摘いただいた件について、簡単に調べたところを記してみたいと思います。

該当するのは、1955年1等寝台は廃止、2等寝台車に格下げ統合された際のことですが、この上の議論でも明らかな通り、接収時には冷房がついていたはずです。ただそれが返還されたあとになりますと、次のような記述が見つかります。

  • 藤井曄、藤田吾郎『特別職用車 占領の落とし子薄命の歴史』(ネコ・パブリッシング、2007年),p.5, 特別職用車スヤ481に改造(1950.6)のときに「冷房無し」の記述。
  • 『鉄道ピクトリアル』「国鉄客車開発記1950」鉄道図書刊行会 2006年。星晃「車両称号規定の改正に伴う客車の改番について」 p.77、(マイロネフ381になった際)冷房取り付け可能のまま、手ブレーキ・車掌弁復活。
  • こちらによると、スイロネ373は、50年返還後冷房無しと考えられているようです。

以上を総合して考えると、当時いずれにせよ夏季のみ取り付けだった冷房装置を、一応「冷房取り付け可能のまま」ではあるが、実際にはつけなかったのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。-Hanabi123 2008年10月22日 (水) 12:49 (UTC)[返信]

保存されている現車の標記、車体の改造施工状況から「冷房搭載可能、ただし機器は取卸状態」で扱われたのではないかと、この点は私も同じ考えです。
そうなると旧「イネ」車の形式対照表中のマイロネ39形(マロネ58形)が「冷房装置を積める構造になっているのに冷房なし扱いなのは?」というのがちょっと気になりまして・・・
(それはA寝台のノートで聞いて来い、といわれそうですが)--福11 2008年10月22日 (水) 14:49 (UTC)[返信]
ありがとうございます。経緯を書いていませんでしたが、この表はもともと、齋藤雅男「『イネ』を始末する」(初出:『鉄道ピクトリアル』1955年8月号 No.49)に従ったもので、マイロネフ38・マイロネ39とも冷房無しにしてあったのですが、前記のコメントと共に、マイロネフ38の方だけ冷房有りではないかと修正されたものです。上で参照した外部リンクでは、スイロネ372も返還が遅れたもののその後冷房無しと考えられているようですし、371も同様ですね。これらの車両の返還後は、少なくとも扱いは冷房無しということではないかと思うのですが。-Hanabi123 2008年10月23日 (木) 12:23 (UTC)[返信]
そうなるとスイロネ37形の返還時は3両とも冷房装置は取卸状態(分電盤あり・台車は駆動装置取付対応)で返還、1は14号御料車へ、2は1953年称号改正で冷房取付対応車であることから換算変更されマイロネ39 1へ、3は緩急車設備の復旧工事と1953年称号改正を先行実施して重量記号を変更しマイロネフ38 1へ、とそれぞれの道を歩んでいったと考えられますね。
となるとスイロネ37 2→マイロネ39 1への改番が「冷房装置が搭載可能」であることを表しているとすれば「冷房なし」ではなくマイロネフ38 1同様「冷房搭載可能、ただし機器は取卸状態」であったと考えるのが自然かと。
この「冷房装置の取り扱い」については緒論あると思いますが、私流に考えたところの見解をば。--福11 2008年10月25日 (土) 16:40 (UTC)[返信]

たしかに、「マ」が「夏季に冷房を取り付けることになっている車両の形式はマに統一」というのを反映しているとすると、マイロネ39 1、マイロネフ38 1ともども、そういうことでよろしいように思われますね。そうするとA寝台の問題の表も、両方の車両について、冷房無しではあるものの、脚注で「過去の接収時には冷房が取り付けられ、この当時も冷房搭載可能だったが、実際には機器を取り付けていなかった」とするくらいでしょうか。--Hanabi123 2008年10月26日 (日) 10:21 (UTC)[返信]

実際には「換算両数の0.5両上げ」といったほうが正しいのかもしれませんが(車軸駆動冷房装置付車の重量等級変更)。
表に組み込む脚注はそれが一番スマートかもしれないですね。--福11 2008年10月27日 (月) 10:44 (UTC)[返信]