ノート:猿投グリーンロード

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一般道路におけるグリーンロードという愛称[編集]

首記の名称に拘る方がいらっしゃいますが、それならば出典を示して下さい。一般的に八草ICより東側を「猿投グリーンロード」というのは理解できます。運営会社もそう言っています。反対側における「グリーンロード」については典拠がありません。「グリーンロード」を示す看板がきっとあるのだろうな、というのは推測できるのですが(名古屋IC出口にありますよね?一応は)、百科事典なのですから、自分が見た、ではなくて資料をもってきちんと明示して下さい。地元民だから拘りたいのは判るのですが、それと百科事典を編集するのは別なので。--2400:4151:2C5:A000:9D3A:46E4:90B6:D938 2021年3月13日 (土) 22:57 (UTC)[返信]

あと、電柱を地中化した云々についても典拠がありません。--2400:4151:2C5:A000:9D3A:46E4:90B6:D938 2021年3月13日 (土) 23:01 (UTC)[返信]
ノートに投稿があったことに今気付いた…と言いつつ、それ以降の本文の内容はほとんど変わっていないため書いておきます。一般道路、と言うより無料区間を含めた(猿投)グリーンロードの区間は、以前私が定義文にて力石IC~東名高速道路名古屋ICと示しましたが(典拠は『角川日本地名大辞典 23 愛知県』等)、後に夕焼けの贅肉氏によって「定義文は現在の状況を指すもの」との理由で差し戻されたため、結果的に出典がない状態になっているものです。概要節にて書き直そうとは思っていましたが、その後リニモ1号氏によって該当の記述が追加されたこともあって半ば放置していたのが正直なところです。というわけで、該当部分はそのうち直す予定です。
「グリーンロード」を示す看板は、ご指摘の通り名古屋IC出口の案内標識に表示されています(但し、イコール広義の(猿投)グリーンロードの起終点を意図したものかは不明)。電柱地中化も、おそらく自身が見た情報を基にしていると思われます。強いて言えばGoogleストリートビューのページで示すことは可能でしょうが、出典として有効かどうかは分かりません。--良人会話2022年2月7日 (月) 13:21 (UTC)[返信]
良人さんが示しているのは「猿投」のついていない「グリーンロード」のみの話に過ぎないでしょう。「猿投」は旧猿投町近辺を指すものであり、名古屋IC近辺は名古屋市名東区であり猿投とは何も関係はありません。よって現在記事に示されている「広義の猿投グリーンロード」「東名高速道路名古屋IC(名古屋市名東区)へ至る約20.6 kmの区間が、広義の猿投グリーンロードとして整備された区間」というのは完全に独自研究に当たります。おな、名古屋地区には山手グリーンロードなど他にも○○グリーンロードとつけるものもあります。繰り返しますが、「出典」と称しているのも同様に「猿投」のついていない「グリーンロード」のみの話としか思えません。要検証タグを即刻つけて反論がないなら早めに除去いたします。--夕焼けの贅肉2021会話2022年3月30日 (水) 16:59 (UTC)[返信]
それは、上で挙げた地名辞典の「猿投グリーンロード」の項目等の資料を確認した上での意見ということでしょうか?地名辞典にある「東名高速道路名古屋インターチェンジと豊田市力石町を結ぶ道路」の記述をもって根拠としましたが、それがだめとすれば多分何も書けなくなってしまいます。本当に厳密に定義すべきということであれば除去もやむを得ないかもしれませんが、そうすると当記事だけでなく猿投グリーンロードやグリーンロードに言及している他の記事の記述も訂正しなければならなくなります。
それでは猿投グリーンロードとグリーンロードは、単に名前が似ているだけで全く無関係で別の道路ということなのだろうか…。単に長久手市やその周辺の住民が勝手にそう呼んでいるということですかね。
仮にこの記事で無料区間について書けないとすれば、夕焼けの贅肉2021さんはどの記事で言及するのがより正しいとお考えでしょうか。あるいは、どのような出典を示せば当記事に無料区間に関する記述が可能とお考えでしょうか。単純に除去することはできれば避けたいとは思っております。
あと、「名古屋地区には山手グリーンロードなど他にも○○グリーンロードとつけるものもあります」とは、私も知っていますが、それは当記事とは直接関係のない話では? と思いますが…。--良人会話2022年3月31日 (木) 14:04 (UTC)[返信]
『角川日本地名大辞典 23 愛知県』614頁に「猿投グリーンロードは東名高速道路名古屋インターチェンジと豊田市力石町を結ぶ道路である」といった旨が書かれているかどうかについては私は角川日本地名大辞典を確認しておりません(間違いなく「猿投」を省略していない「猿投グリーンロード」として記載されていたということは確かだということですよね?)。しかし、仮に1989年当時のその出典の記載が事実だとしても、他に確認できる出典がなにもないのはなぜでしょうか。なぜ「猿投グリーンロード」とネットで調べても「かつて猿投グリーンロードは東名高速道路名古屋インターチェンジと豊田市力石町を結ぶ道路を指す」という情報はなぜ出てこないのでしょうか。名古屋市や愛知県のサイトでも一つくらいは出てきても不思議ではないと思うのですが、なぜ見つからないのでしょうか。仮にその出典を尊重するにしても「1989年当時出版された角川日本地名大辞典はそのように解説している」といった例外的な書き方しかできないのではないでしょうか。--夕焼けの贅肉2021会話2022年3月31日 (木) 14:51 (UTC)[返信]
「長久手市」は(都)愛・地球博記念公園線(長久手市境~八草ICの県道名古屋長久手線・県道名古屋力石線区間)を「グリーンロード」と通称している[1][2][3]ことは事実としても、「猿投グリーンロード」と呼称することは見つかりませんね。 --2402:6B00:463F:F200:9DD3:DA41:D3B5:607F 2022年4月1日 (金) 10:01 (UTC)[返信]
項目名は実際に「猿投」を省略していない「猿投グリーンロード」表記になっています。他には2010年発行の『豊明・東郷・日進・長久手今昔写真集』の写真の説明文で言及されているのを確認しています。
ウェブサイトやより新しい文献に掲載されていればそれに越したことはありませんが、通称としてのグリーンロードとの関連性を示す目的としてはそれでもよいのではないか、と当初考えていた部分はありました。もっと言えば、「猿投グリーンロード」と「グリーンロード」は無関係という指摘が来ることを想定していなかったのが正直なところですが…。
そもそもの出発点は、当記事やその他の記事(愛知県道6号力石名古屋線等)において通称としての「グリーンロード」に関する言及があり、私もそのような通称は昔から認識していたものの、その定義や「猿投グリーンロード」との関係性が明確とは言えず、明確な出典もない状態だったため、何とかしようと考えたところです。地名記事作成のために地名辞典で調べていた際に「猿投グリーンロード」の項目を見つけ、上記のように書かれていたため、それこそが有料区間外における「グリーンロード」の呼称の起源と判断し、記載したものです。有料区間の名称と関係なくたまたま誰かが思い付いたかのように似たような名称で呼ばれるようになったわけではありません。
例外的な書き方をすべきということであれば、それもやむを得ないかと考えています。--良人会話2022年4月1日 (金) 12:40 (UTC)[返信]
最初に見つけて来ればよかったですが、『新修豊田市史 14 資料編 現代II』98~100ページに、開通日である1972年4月1日の中日新聞の記事が収録されていましたのでお知らせします。
  • タイトル…猿投グリーンロード 無事故祈りきょう開通 危険多い無料区間 平面交差が23ヵ所も
  • 「名古屋と西三河(豊田市)を結ぶ動脈「猿投グリーンロード」(県道力石-名古屋線、延長二〇・六キロ)はきょう一日開通する」、「猿投グリーンロードは豊田市力石を起点に、八草インターまでの十三・二キロが二車線で有料。同インターから名古屋口まで七・二キロが四車線で無料区間となる」等の記述あり
この記事では有料区間と無料区間の両方が言及されており、かつ少なくとも開通時点では県道力石名古屋線≒猿投グリーンロードという認識になっているようです。以前の編集では定義文自体を改変したため誤解を招いた部分もありますが、上にも書いたように今日「グリーンロード」という通称が使われることがある理由は今も「猿投グリーンロード」としては有料区間と無料区間を合わせたものが正式な区間だから、と言いたいわけではなく、そういう歴史的経緯があるからということです。--良人会話2022年4月3日 (日) 14:11 (UTC)[返信]
なるほど、中日新聞の說明で納得しました。そこまで詳細に書いてあるなら、有料区間ができる1972年以前には20.6キロ区間全体が猿投グリーンロードとして整備されたという歴史的経緯があったことは間違いないようですね。それからいつのまにか有料区間のみを指すようになっていったと(できれば定義が変遷したという出典があればベストですが)。ただし単純に「広義の猿投グリーンロード」という見出しでは現在でも通用すると思われかねないのでその点では修正は必要かと思います。--夕焼けの贅肉2021会話2022年4月4日 (月) 02:53 (UTC)[返信]
もういったん議論は終わっているのわけですが、資料を見つけた閉まったので記録しておきます。
  • 「総延長20.6キロメートルの力石名古屋線は沿道開発もかね、名古屋市境から愛知郡長久手村までを街路事業として、続く愛知青少年公園入口までを県単独道路事業として、さらに豊田市力石町までを有料道路猿投グリーンロードとして」、愛知県昭和史 下巻、p.321、愛知県、1973年
  • 「名古屋市東部,東名高速道路名古屋インターから東にのびる放射幹線となる県道力石名古屋線のうち15kmは、県営の有料道路「猿投グリーンロード」として計画され」、道路建設 244号、p.19、日本道路建設業協会、1968年5月
  • 「県では東名,名古屋インターより豊田市力石に至る「猿投グリーンロード」14.8kmを43年度に着手した。」、道路総覧 昭和45年版、p.176、道路総覧刊行会、1969年
  • 「力石名古屋線(グリーンロード)」、憲法と地方政治、pp.92-93、愛知憲法会議、1973年
と、県としては猿投グリーンロードは有料区間として整備した印象は受けます。
1977年の地価調査基準値案内図のp.57,長久手(県)-2 愛知郡長久手町大字長湫字砂子22番3 の図に「県道広小路猿投グリーンロード」と記載されているのは気になるところです。--Akaritakamorisanmu会話2023年1月22日 (日) 14:06 (UTC)[返信]

脚注[編集]