ロン・デービス

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ロン・デービス
Ron Davis
ニューヨーク・ヤンキース時代
(1981年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州ヒューストン
生年月日 (1955-08-06) 1955年8月6日(68歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1976年 MLBドラフト3巡目
初出場 MLB / 1978年7月29日
NPB / 1989年6月3日
最終出場 MLB / 1988年9月24日
NPB / 1989年10月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ロナルド・ジーン・デービスRonald Gene Davis 1955年8月6日 - )はアメリカ合衆国テキサス州出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

息子は同じく野球選手のアイク・デービス

来歴[編集]

1976年MLBドラフトシカゴ・カブスからドラフト3巡目(全体56位)で指名されプロ入り。

1978年ニューヨーク・ヤンキースに移籍。ヤンキース時代は、後に日本の福岡ダイエーホークスに入団したリッチ・ゴセージとともにリリーフで活躍、1981年にはオールスターゲームに選出された。1982年にトレードで移籍したミネソタ・ツインズではストッパーとして5年間で108セーブを挙げるなど、メジャー通算130セーブを挙げた。

1989年5月にヤクルトスワローズに入団、不振で解雇されたホアン・アイケルバーガーに代わって抑え役を任される。

阪神には相性が良く、12試合19回2/3で2勝1敗6セーブの防御率1.37という好成績だったが、他カードの合計は24試合37回で2勝4敗1セーブの防御率5.35と振るわず、結果、計7セーブしか挙げられず1年で解雇された。銀縁眼鏡をかけて紳士然とした風貌であったが、阪神戦で同僚のラリー・パリッシュ死球による乱闘騒ぎになった際にはブルペンから応援に駆けつけていた。

1990年にニューヨーク・ヤンキース傘下AAA級のコロンバス・クリッパーズでプレーしたのを最後に現役を引退した。

人物[編集]

根来広光以後、スワローズ(一時期アトムズ)で捕手以外では唯一27番を着用した選手である(国鉄スワローズ時代の町田行彦〈外野手〉以来だった)。これは大矢明彦の引退後に欠番が続いていた上、かつアイケルバーガーが着用していた16番を避けた経緯からだったが、他に首脳陣の着用が多かった70番台以上を除けば7・13・42・50・69が空いており、日本では投手の背番号というイメージのない7や欧米では縁起が悪いとして敬遠される13を除くとしても、その中で根来以来「正捕手の番号」とされていた27番となった経緯は不明。[独自研究?]

デービスが退団した翌1990年からは古田敦也が着用した。

武器は、サイドスローからの、スライダー、フォーク、それにライジング・ファストボール(浮く速球)、シンキング・ファストボール(沈む速球)であった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1978 NYY 4 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 12 2.1 3 0 3 0 0 0 0 0 4 3 11.57 2.57
1979 44 0 0 0 0 14 2 9 -- .875 357 85.1 84 5 28 9 1 43 1 0 29 27 2.85 1.31
1980 53 0 0 0 0 9 3 7 -- .750 544 131.0 121 9 32 3 5 65 5 1 50 43 2.95 1.17
1981 43 0 0 0 0 4 5 6 -- .444 285 73.0 47 6 25 3 0 83 1 1 22 22 2.71 0.99
1982 MIN 63 0 0 0 0 3 9 22 -- .250 458 106.0 106 16 47 12 1 89 5 1 53 52 4.42 1.44
1983 66 0 0 0 0 5 8 30 -- .385 382 89.0 89 6 33 3 3 84 4 1 34 33 3.34 1.37
1984 64 0 0 0 0 7 11 29 -- .389 364 83.0 79 11 41 9 2 74 8 0 44 42 4.55 1.45
1985 57 0 0 0 0 2 6 25 -- .250 285 64.2 55 7 35 6 4 72 8 1 28 25 3.48 1.39
1986 36 0 0 0 0 2 6 2 -- .250 198 38.2 55 7 29 8 4 30 4 0 42 39 9.08 2.17
CHC 17 0 0 0 0 0 2 0 -- .000 91 20.0 31 3 3 0 0 10 0 1 18 17 7.65 1.70
'86計 53 0 0 0 0 2 8 2 -- .200 289 58.2 86 10 32 8 4 40 4 1 60 56 8.59 2.01
1987 21 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 144 32.1 43 8 12 1 0 31 1 2 23 21 5.85 1.70
LAD 4 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 25 4.0 7 0 6 2 1 1 2 0 4 3 6.75 3.25
'87計 25 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 169 36.1 50 8 18 3 1 32 3 2 27 24 5.94 1.87
1988 SF 9 0 0 0 0 1 1 0 -- .500 72 17.1 15 4 6 0 1 15 0 0 10 9 4.67 1.21
1989 ヤクルト 36 0 0 0 0 4 5 7 -- .444 249 56.2 57 3 31 6 4 34 0 1 26 25 3.97 1.55
MLB:11年 481 0 0 0 0 47 53 130 .470 3217 746.2 735 82 300 56 22 597 39 8 361 336 4.05 1.39
NPB:1年 36 0 0 0 0 4 5 7 -- .444 249 56.2 57 3 31 6 4 34 0 1 26 25 3.97 1.55
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

MLB
NPB
  • 初登板:1989年6月3日、対中日ドラゴンズ7回戦(明治神宮野球場)、6回表無死から3番手で救援登板、2回4失点で敗戦投手
  • 初勝利:1989年6月15日、対阪神タイガース10回戦(阪神甲子園球場)、7回裏から2番手で救援登板・完了、3回無失点
  • 初セーブ:1989年6月20日、対阪神タイガース11回戦(神宮)、9回表から2番手で救援登板・完了、1回無失点

背番号[編集]

  • 53 (1978年 - 1979年)
  • 39 (1979年 - 1981年)
  • 34 (1982年)
  • 39 (1982年 - 1987年)
  • 54 (1987年)
  • 33 (1988年)
  • 27 (1989年)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]