通信技術試験衛星 (中国)

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通信技術試験衛星
中華人民共和国の旗 中華人民共和国
組織 上海航天技術研究院(SAST)
中国空間技術研究院(CAST)
目的 偵察
状況 運用中
概要
期間 2015年~現在
初飛行 2015年9月12日
成功 10
失敗 0
射場 西昌衛星発射センター
文昌衛星発射場

通信技術試験衛星(Chinese: 通信技术试验卫星; 英語:Tongxin Jishu Shiyan Weixing, TJSW)は、静止軌道(GEO)上で運用されている中国の一連の軍事衛星またはプログラム名である。TJS衛星は上海航天技術研究院(SAST)によって製造され、中国南部の四川省にある西昌衛星発射センター(XSLC)または海南島にある文昌衛星発射場(WSLS)から打ち上げられている。TJS衛星はおそらく複数の静止軍事衛星プログラムの包括名(カバーネーム)であり、同様の名前の実験(实验)衛星プログラム(Shiyan satellite program)との混同に注意する必要がある[1]

従来の非軍事衛星では、中国政府が事前に衛星の名前、ミッション、プラットフォーム、打ち上げロケット、発射場所を発表するが、TJS衛星の場合はこれとは異なり、中国政府が前日に空域閉鎖を発表し、その後衛星の目的について曖昧な声明を発表する[2]

TJS衛星の真の目的は機密であるが、アマチュア衛星観測者などは、これらは中国人民解放軍(PLA)の弾道ミサイル早期警戒用および信号諜報(SIGINT)用の衛星ではないかと推測している[3][4]

衛星種別(クラス)[編集]

TJS衛星の包括名のもとに、衛星は「Qianshao-3 SIGINTクラス」「Huoyan-1 早期警戒クラス」「TJS-3とその副衛星から成る未知のクラス」という3つの個別のクラスから構成されているように見える。これらは、すべて静止軌道上で軍事または諜報任務を遂行している。

Qianshao-3(前哨-3)[編集]

2015年、2019年、2021年に打ち上げられたTJS-1、TJS-4、TJS-9衛星はインド洋[5]とミクロネシア[6][7]上空で静止軌道を維持しており、Qianshao-3(Chinese: 前哨-3)SIGINT衛星クラスを構成していると推定されている[2][8]。中国政府は当初、これらの衛星はKaバンドブロードバンド通信(27~40GHz)をテストするために設計されたと述べていたが、静止軌道に到達して以来、衛星についてはコメントしていない[9] [10]

2017年1月、この衛星の受信アンテナの幅(直径)は約32メートルあると新たなレポートが発表されており、この衛星の用途がSIGINTミッションであるとの推定を支持する材料になっている[2]。他の中国ニュースソースは、Qianshaoシリーズが宇宙ベースの赤外線早期警戒衛星であることを示唆している[11][12]

Huoyan-1(火眼-1)[編集]

2017年、2020年、2021年に打ち上げられたTJS-2、TJS-5、およびTJS-6衛星は、中国の公式声明によれば、「高速かつ多周波数の広帯域データ転送」をテストする「新世代の大容量実験通信および放送衛星」であるとされているが [2] [13] 、これらの衛星は、静止軌道上にある中国初の早期警戒衛星であるHuoyan-1(中国語:火眼、つまりミサイル発射時の赤外線を捉える目である)プログラムのものではないかと噂されている [1][2][13] 。Huoyan-1シリーズと称されるこれらの衛星は、インド洋、南シナ海、オセアニア上空の静止軌道上に現在でも常駐を維持している [14] [15] [16]

TJS-3衛星ペア[編集]

2018年の打ち上げられた、TJS衛星プログラムの3番目の衛星であるTJS-3は、依然として大部分が秘密に包まれており、衛星オブザーバー、アマチュア観測者などは、衛星が早期警戒業務を行っているのか、それとも信号諜報業務を行っているのかの判断がつきかねている [17] 。打ち上げ時には、ペイロードは1つだけ搭載されていたと言われているが、観測者は軌道上でTJS-3とは別の二次物体を検出した。この物体は当初、米国宇宙軍によってアポジキックモーター(AKM)とラベル付けされていたが、これは遠地点付近で点火されるロケット(ファイナルインパルスモーター)であり、衛星を最終的に静止軌道に乗せ、その後切り離されて投棄される場合が多い [18] 。しかし、この二次天体は、2019年1月4日と1月11日(打ち上げから数週間後)に、TJS-3主衛星との軌道同期を維持するために、廃棄されたAKMらしからぬステーション維持マニューバーを実行し [18] 、世界の注目を集めることになった。さらに、2019年1月18日金曜日には、副衛星(=二次天体)が東南アジア上空を東方向にマニューバーを実施し、2日後に主衛星TJS-3が同じマニューバーを行ったことから、世間の疑惑はより強まった。2つの衛星は引き続き多数の同期マニューバーを実施している [18]

2019年5月後半、光学望遠鏡による衛星追跡が困難になる昼夜境界線の通過を利用して、TJS-3はその軌道から遠く離れるマニューバーを行い、その直後に副衛星が主衛星の元の位置を占有した [19] 。宇宙追跡企業COMSPOCの宇宙状況認識責任者であるジム・クーパーによると、TJS-3とその副衛星は、他国の宇宙状況認識活動を偽装するための戦術、技術、手順(TTP)を開発、検証していた可能性が高く、これは副衛星を主衛星と勘違いさせて、他国の宇宙状況認識活動を欺くためのものであるという。ただし、親衛星は「潜在的に脅威となることを行っていない」可能性がある[19][20]。なお、中国は未だにTJS-3に関連する二次的物体を認めていない[21]

衛星リスト[編集]

衛星名 プログ
ラム名
打上げ
用途 近点遠点
高度

軌道傾斜角
SATCAT
COSPAR ID
射場 打上げ機 現況
TJS 1 Qianshao-3 1 2015年9月12日 シギント 35,770.9 km×
35,815.7 km
0.1°
40892
2015-046A
西昌 長征3号B 運用中
TJS 2 Huoyan-1 01 2017年1月5日 早期警戒衛星 35,769.0 km×
35,818.5 km
0.2°
41911
2017-001A
西昌 長征3号B 運用中
TJS 3 不明 2018年12月24日 不明 35,788.0 km×
35,800.0 km
0.1°
43874
2018-110A
西昌 長征3]C 運用中
TJS 3 (subsat) 不明 2018年12月24日 不明 36,309.3 km×
36,369.9 km
1.1°
43917
2018-110C
西昌 長征3]C 運用中
TJS 4 Qianshao-3 2 2019年10月14日 シギント 35,781.7 km×
35,804.2 km
0.0°
44637
2019-070A
西昌 長征3号B 運用中
TJS 5 Huoyan-1 02 2020年1月7日 早期警戒衛星 6,780.9 km×
35,808.5 km
0.2°
44978
2020-002A
西昌 長征3号B 運用中
TJS 6 Huoyan-1 03 2021年2月4日 早期警戒衛星 35,789.0 km×
35,796.7 km
0.4°
47613
2021-010A
西昌 長征3号B 運用中
TJS 7 不明 2021年8月24日 不明 35,788.8 km×
35,799 km
0.1°
49115
2021-077A
西昌 長征3]B 運用中
TJS 9 Qianshao-3 3 2021年12月29日 シギント 35,787.8 km×
35,800.1 km
0.0°
50574
2021-135A
西昌 長征3号B 運用中
TJS 10 不明 2023年11月3日 不明 35,764.5 km×
35,824.7 km
0.4°
58204
2023-169A
文昌 長征7号A 運用中
TJS 11 不明 2024年2月23日 シギント 確認中 確認中 文昌 長征5号 軌道変更中

脚注[編集]

  1. ^ a b Jonathan McDowell [@planet4589] (2018年12月24日). "TJS-1 is thought to be a large GEO SIGINT, Qianshao-3; TJS-2 is thought to be the Huoyan-1 missile early warning test satellite. TJS-3 uses a less powerful launch vehicle than the first two so may be different again". X(旧Twitter)より2018年12月24日閲覧
  2. ^ a b c d e Clark, Phillip S. (January 2018). Becklake, John. ed. “China's Shiyan Weixing Satellite Programme: 2004–2017”. Space Chronicle: A British Interplanetary Society Publication (London) 71 (1): 23. ISBN 978-0-9567382-2-6. https://www.bis-space.com/membership/chronicle/2018/Space-Chronicle-v71-Suppl.1-2018_xx83mf.pdf 2018年1月閲覧。. 
  3. ^ Krebs, Gunter D. (2022年8月1日). “TJS 1, 4, 9 (Qianshao-3 1, 2, 3 ?)”. Gunter's Space Page. 2022年8月1日閲覧。
  4. ^ Krebs, Gunter D. (2022年7月30日). “TJS 2, 5, 6 (Huoyan-1 ?)”. Gunter's Space Page. 2022年7月30日閲覧。
  5. ^ TJS-1”. N2YO. 2015年1月1日閲覧。
  6. ^ TJS-4”. N2YO. 2019年1月1日閲覧。
  7. ^ TJS-9”. N2YO. 2021年1月1日閲覧。
  8. ^ Krebs, Gunter D. (2022年1月8日). “TJS 1, 4, 9 (Qianshao-3 1, 2, 3 ?)”. Gunter's Space Page. 2022年1月8日閲覧。
  9. ^ Yu, Bai (2015年9月12日). “China launches communication technology experimental satellite”. Xinhua News Agency. オリジナルの2017年3月14日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170314075756/http://news.xinhuanet.com/english/photo/2015-09/13/c_134618997_3.htm 2015年9月12日閲覧。 
  10. ^ GEO SIGINT - Qianshao / TJSW / Chang Cheng "Great Wall"”. Global Security. 2015-09/13閲覧。
  11. ^ 中国导弹预警卫星不输美俄 能在3万公里高空捕捉目标” [China's missile early warning satellite does not lose to the United States and Russia, and can capture targets at an altitude of 30,000 kilometers] (中国語). Sina Military (2020年6月17日). 2020年6月17日閲覧。
  12. ^ 前哨系列预警卫星” [Outpost series of early warning satellites] (中国語). Zhihu Zuanlan. 2017年1月閲覧。
  13. ^ a b Krebs, Gunter D. (2022年7月30日). “TJS 2, 5, 6 (Huoyan-1 ?)”. Gunter's Space Page. 2022年7月30日閲覧。
  14. ^ TJS-2”. N2YO. 2017年1月1日閲覧。
  15. ^ TJS-5”. N2YO. 2020年1月1日閲覧。
  16. ^ TJS-6”. N2YO. 2021年1月1日閲覧。
  17. ^ Krebs, Gunter D. (2021年2月8日). “TJS 3 / TJS 3 Subsatellite”. Gunter's Space Page. 2021年2月8日閲覧。
  18. ^ a b c Hall, Bob (1 July 2019). TJS 3 Space Activities - Spacecast 15 (Podcast) (英語). 2019年7月1日閲覧
  19. ^ a b Clark, Colin (2021年10月28日). “US, China, Russia Test New Space War Tactics: Sats Buzzing, Spoofing, Spying”. Breaking Defense. https://breakingdefense.com/2021/10/us-china-russia-test-new-space-war-tactics-sats-buzzing-spoofing-spying/ 2021年10月28日閲覧。 
  20. ^ Jones, Andrew (2021年11月5日). “An object is now orbiting alongside China's Shijian-21 debris mitigation satellite”. SpaceNews. https://spacenews.com/an-object-is-now-orbiting-alongside-chinas-shijian-21-debris-mitigation-satellite/ 2021年11月5日閲覧。 
  21. ^ Clark, Stephen (2019年10月18日). “China launches mysterious geostationary satellite”. Spaceflight Now. https://spaceflightnow.com/2019/10/18/china-launches-mysterious-geostationary-satellite/ 2019年10月18日閲覧。 

関連事項[編集]