Babysan

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Babysan(ベビーさん)は戦後日本に駐留するアメリカ海軍兵士と日本人美女の間のやりとりを描いた半ポルノ的コミック作品[1][2][3][4]ビル・ヒューム英語版作。アメリカ海軍の新聞Navy Times英語版の極東版に連載され、後に本として日本とアメリカで出版され[5](1953年、1956年)、1953年から1955年までに18版を重ねた[6]

純朴な男性アメリカ人兵士らが、日本人女性(「ベビーさん」)に誘惑され振り回される喜劇を描く[7]

本としては『Babysan: A Private Look at the Japanese Occupation』と『Babysan's World: the Hume'n SLANT on Japan』の2冊にまとめられている[8]。1枚のコミックストリップに対し1ページの説明書きが添えられた構成[9]チャールス・E・タットル英語版社出版[6]

Baby-sanとハイフン付きの表記もある。日本語ではベビーさん[10][11][12]ベビーサン[6]ベビサン[8]ベビさん[13]ベイビーさん[14]など。

Babyは英語で「可愛い女性」という意味[14]。「san」の部分は日本語の敬称「さん」である[15]

登場人物[編集]

「ベビーさん」として表現されているのは当時パンパンと呼ばれた性労働者である[1][11]。年齢は15歳から25歳[13]。外見上は、洋服下駄が典型的な服装[8]で、腰が細く脚が長く乳房が垂れていない[2]。作者ヒュームによれば、ベビーさんは娼婦ではなく芸者にヒントを得たキャラクターである[9]

ベビーさんは従順な少女のようであると同時に奔放でもあり、兵士を手玉にとる悪女のように描写されてもいる[16]。これはエドワード・サイードが『オリエンタリズム』で論じた、西洋における東洋女性の伝統的表象と一致する[16]。一方でアメリカ化した戦後日本を反映して、「謎めいた東洋」の要素は見られない[17]。高見順によれば、現実のパンパンにしばしば見られた悪辣さがベビーさんのキャラクターには込められておらず、むしろ可愛らしく描かれている[11]

登場する兵士は全て白人男性で、軍人として低い階級にある[8]

作中での兵士とベビーさんの間の交遊は兵士の日本駐留中の一時的なものにすぎず、それ以上の長期的な関係ではない[2]

反応[編集]

日本、韓国に滞在するアメリカ軍兵士の間で人気を博した[3]。佐世保では1954年に海賊版が売られるほどの人気だったという[6]。1953年には日本の米軍基地の購買施設で販売が禁止された[10]

作家の高見順は1955年にこの漫画が空港で売られている現状を憂いて、「ヒューム氏のような日本に好意と愛情を持った人にさえ、パンパンを描かせている、そういう日本の現実に(略)はげしい恥を私は感じないではいられなかった」と評した[11]。評論家石垣綾子は長らくゲイシャ(芸妓)の接待が日本の名物として海外に紹介されていたことがこの作品に影響した可能性を指摘した[6]

ベビーさんの描き方が日本人女性に対して侮辱的だとして、主婦連合会全国地域婦人団体連絡協議会などが非難した[18]日本交通公社出版部業務課長は日本文化の誤解につながるため「非常に迷惑」と述べ、悪書追放運動の対象とすることを提案した[6]

出典[編集]

  1. ^ a b Kim Brandt, About Japan: A Teacher's Resource | Learning from Babysan | Japan Society
  2. ^ a b c Naoko Shibusawa, America's Geisha Ally[1] pp.34-40
  3. ^ a b SooJin Pate, From Orphan to Adoptee: U.S. Empire and Genealogies of Korean Adoption[2]
  4. ^ Mizumura, Ayako. Reflecting (on) the Orientalist Gaze: A Feminist Analysis of Japanese Women-. U.S. GIs Intimacy in Postwar Japan and Contemporary Okinawa. p.2
  5. ^ Sarah Kovner, Base Cultures: Sex Workers and Servicemen in Occupied Japan
  6. ^ a b c d e f 朝日新聞1955年7月3日東京朝刊p.7「いかがわしき日本紹介 あくどい漫画本 夜の女など百態描く」
  7. ^ Jessie Kindig, Looking beyond the Frame: Snapshot Photography, Imperial Archives, and the US Military's Violent Embrace of East Asia, Radical History Review (2016) 2016 (126): 147–158.
  8. ^ a b c d 笠間千浪「占領期日本の娼婦表象――「ベビサン」と「パンパン」:男性主体を構築する媒体」、『〈悪女〉と〈良女〉の身体表象』所収
  9. ^ a b Robert C. Harvey, Insider Histories of Cartooning, 13. Bill Hume and Babysan: Fame in the Far East, Unknown in the West
  10. ^ a b 『性風俗史年表昭和戦後編』p.83
  11. ^ a b c d 高見順「パンパンについて」(1955年)、『愛と美と死 エッセイ集』所収
  12. ^ 『社会心理照魔鏡 1956年版』「ベビーさん」
  13. ^ a b 朝日新聞1955年7月2日東京朝刊、3ページ、「きのうきょう 売春日本」(高見順)
  14. ^ a b ジョン・ダワー、三浦陽一、高杉忠明翻訳『敗北を抱きしめて 上』p.154
  15. ^ Babysan: A Private Look At The Japanese Occupation, p.16
  16. ^ a b Debbie A. Storrs, "Japanese Feminine Wiles and Naïve American Sailors: The Reconstruction of Gender and Nation in the Babysan Comics" in U.S.-Japan Women's Journal No. 34
  17. ^ Elisheva Perelman, "Babysan's Burden: An Analysis of the American Occupation of Japan through Cartoons"[3]
  18. ^ サイデン・ステッカー「碧眼に映るニッポンのムスメ」、『新婦人』1955年11月号

外部リンク[編集]